獅郎は朝のコーヒーを入れている途中だった。私は朝食を作って(と言ってもあるものを何とかしただけなのだけれど)、ポテトサラダとスクランブルエッグとベーコンを適当な丸皿に盛り付け、トーストが焼けたので二人分のそれをまた別の丸皿に乗せた。テーブルへと運べば、私の分のコーヒーを獅郎は用意してくれている。彼の目の前にトーストを置けばニヤリとした笑顔がこちらに返ってきた。私はその意味が分かっているので苦笑しながらも彼の頬にキスをする。彼からも私の唇に濃厚なキスが返ってくる。甘ったるいような、なんとも満たされた時間だった。

 私が一度キッチンの冷蔵庫の元へと戻りバターを出して机の上に置けば、獅郎は私が席を立っている間につけたのだろうテレビを眺めていた。私もテレビの音声に耳を傾けるとニュースは私の元主人である彼の訃報を知らせるもので、ああ有名な人だったのかとなんとなく私は思う。いつも一緒にいると何事も気づかないものなのだろう、確かに顔だけで見たらハリウッドスターのように美形で色気がある切れ長の瞳に少しだけほりの深い顔立ちをしていた。綺麗でしなやかで強靭ででもそこまで太くもない腕の筋肉、少しだけ割れた腹筋。まるで人形のような指。三十後半の彼は若くして殉死した。まだ三十年と少ししか生きてはいなかったのに。私のこれから生きていかなければならない途方もない年数に比べてほんとうにごく僅かな年数で生命を終えてしまうと言うのはどういう感覚なのかはわからないけれど、その中で精いっぱい生きていられるという幸せを感じている彼らは本当に恵まれた人種であるのかもしれない。確かに金銭的欲求や色恋沙汰や人間関係に関しては、己よりも相手の醜悪な部分を引きずり出そうとするなどの醜い部分も多い。けれども、彼らは人生というものが輝いて見えるのだ。悔しいことに。





 獅郎はまだテレビをぼんやりと眺めている。旧友であったのだろうか、私と獅郎は任務中に何回か会ったような気がしないでもない。任務中も他の祓魔師には心移りしないよう主人だけの命令に忠実に動かなければならない。私の記憶の中にはおぼろげにしかない元主人の声は、もはやかすんでいる。月日はいつも残酷にすぎさっていくらしい。私の生きている時間と、人間が生きている時間はどうやら違うらしい、という事は耳にタコができるくらいに母親から聞かされていたものだから知っていたけれども、実際に肌で感じるのはこういう経験があるからなのかもしれない。





 (ああ、だから話しかけてきたのだろうか……あの時)










 『帰るところが無いなら、俺のところに来い。…いつでも待っててやるよ』





 結局あの後に騎士團(というか上の方々)からの正式な配属命令があって、私は獅郎の正式な使い魔になることになった。理由は単純明快。彼が聖騎士であるからに他ならない。元主人も聖騎士だったのは、私たちがエルフと言う妖魔だからに他ならない。人間と同じ形である魔物。恐れ蔑まれ卑しまれ、何故人間に生まれられなかったのだろうかと疑問を抱いたことも幾度か。何故幸せな生命を全うできないのだろうか、人間は分からないし理解できない。それでも私はそんな金に目がくらんでいる人間とは少し違う獅郎が好きだ。私はぼんやりと獅郎の横顔を眺めている。





 コーヒーを一口、口に含む。
 獅郎が入れるコーヒーは、いつも少しだけ苦い。





 パンが冷めてしまう前に私はバターをトーストに塗ろうとバターの入っている容器のふたを開けた。たっぷりとバターの入った透明の容器からバターナイフでバターをすくいとって塗れば、温かいトーストにやわらかなバターがしみ込んでいく。とろりとするバターはトーストに乗ると香ばしく食欲をそそるような匂いを出して、私を誘っているようだった。いいにおい、と感覚的に思う。私は日の光を少し浴びながら、きらきらとするトーストにかじりついた。サクッと音がするが、獅郎はテレビから目を離さない。何かそんなに重要な事を言っているだろうかとテレビに視線を戻すが、私には対して重要なことに思えなかった。何らかの暗号と言う訳でも、恐らくないだろう。騎士團ならばもう少し隠密な活動をするはずだと、何となく思った。





 私は獅郎の横顔を眺めている。シャリ、とパンが音を立てて私の中で消化されていく。
 やがて獅郎が視線に気づいたのか、こちらを向いて「なにじっとこっちみてんだよ、…見惚れたか?」と苦笑した。






















(20110611:titleソザイそざい素材 ) 幸せな一コマな感じのごろんごろん…何で獅郎夢はじめたのかもう謎ですがまだ三話ぐらい続きます。好評そうならまだ続きます