さりげない優しさも、何もかもいらないと思えるくらいには人間に馴染んできたのかもしれない。私自身から滑り落ちていくいろいろな感情を惜しいとは思わなかった。感情など邪魔なものだと、何度思ったか分からないくらいにいらないと感じていた。だからそれ自体無駄なものだと思っていたはずで、その日の私は自分一人だけが報われない生命を何かの悪戯により生きながらえているのではないかと感じているくらいには鬱々とした気分でいた。契約者が死んでから私は使い魔としてお役御免となり契約者であったその遺体は葬られ、葬式も献花を備えてその場から立ち去った。辛いと思う気持ちはとうにどこかへ置いてきてしまったようで涙すら流れない。その感情を空が汲み取って代わりに泣いてくれているのかもしれない。涙も流すことができない薄情な私のために。結局のところみんなそうなのだ、人間は私よりも早く死んでしまう儚い生き物だという事はこちらの世界に来た時に分かっていたはずだ。そのことすらも忘れてしまうくらいに打ちひしがれているなどということが知れ渡ってしまえば、妖魔である誇りはどうなると一族に怒られてしまう。その日も雨に打たれながらとぼとぼと歩いていた。傘を持たずずぶぬれになって歩く私を通りすがりの人はわざわざ振り返って足を止めてまで眺めて、しばらくするとまたそれぞれの目的を思い出し進んでいく。



 私の容姿は目立つ。悪魔のように尖った耳、真っ白の陶器のような肌、血のように紅い紅蓮の瞳、そして薄金色のゆるやかなウェーブのかかった腰よりも長くしなやかな髪。妖魔であり祓魔師の使い魔として働いていることが私の生きている意味であり目的である。エルフ界の大賢者と称される母は私に魔界の事は教えてはくれなかったけれども使い魔としての礼儀作法その他もろもろの諸作法については事細かに聞いていて中には当時の私にとってはおぞましい事もあった。それでもやはり母の教えは正しく、なかには容姿のせいか酷い扱いも受ければ罵倒の言葉もたくさん浴びせられた。とぼとぼと歩きながら曲がり角を曲がれば、後ろから肩を掴まれる。



 「お嬢ちゃん、こんなところで何してんだ?」



 私は答えない。こういうのは慣れている。警戒心から無意識に耳がピンと立つ。傘をさした男は、私が何者か知っているような口ぶりで余裕が見える。真っ黒な傘に真っ黒な服の黒づくめの服装。ちらちらと白髪が頭に見える。人間の年齢にして二十代後半だろうか。外見と比例する年齢をしていない妖魔ばかり見ているせいか年齢感がつかめない。彼は私が警戒していると知ってか少し慌てたように「べ、別に取って食うつもりはねぇよ」と言う。取って食われたらたまったものじゃなくて私は顔を顰めた。



 「悪ぃ悪ぃ…そんなに警戒しないでくれって。いきなり声かけたのは悪いと思ってっから」
 男が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。「うわっ、びしょ濡れじゃねーか!」と今度は男が顔を顰める。「ったく風邪ひいてもしらねーぞ」



 「…その服もしかして祓魔師…」
少しだけ警戒が緩む。よくよく見れば、彼の服はただ黒いだけではなく元・主人の着ていた服によく似たものだ。



 「おっ、わかってんじゃねーか。上出来上出来」
 彼はケラケラと笑う。嫌な感じのする人ではなく寧ろ私の今までの主人であった彼らよりも好感のもてる人だった。人のよさそうな笑顔は嘘が無い。
 「それにしても、お嬢ちゃんみたいな妖魔が主人も連れてないってのはいただけない話だなぁ…」
 「そ、それは…」



 先程までとはうってかわってニヤリと笑った男の瞳を直視できなくて思わず目を伏せる。先ほどまで警戒心でピンと立っていた耳はしゅんと垂れ下がり、狼狽えて感情を隠しきれない。私がしばらくもごもごと口ごもっていると彼はケラケラとまた笑って私の頭を撫でた。急に視界が暗くなって暖かなぬくもりにつつまれる。ああ、このひとに抱きしめられているんだなと感じた。私の髪から、彼の服にぽたぽたとしずくが落ちて色を変えていく。
 





 「帰るところが無いなら、俺のところに来い。…いつでも待っててやるよ」
 「…あ、ありがと」






















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