あれから数日がすぎました。
 ホロホロ君の家に改めてご挨拶に行くと、ピリカちゃんが飛びついてきました。バランスを崩してふらっとしながらも、私は体勢を立て直してぎゅうっと彼女を抱きしめ返しました。きゃあきゃあと何だか感動を分かち合いながらも私たちの見据えているのはやはり目前のシャーマンファイトだったりもしていましたので、嬉しいやら何やら妙な緊張感の漂うような妙な雰囲気が漂って、お互いにぷっと吹き出して笑いました。


 ご両親に手土産を渡してしばらく経つと、ご両親が夕食を食べて行ってくださいとおっしゃいましたので私は机に並んだ豪華なアイヌ系特有の民族料理をご馳走になりました。上座にちょこんとホロホロ君と座り、私はおずおずとその料理の一つに箸をつけて食べました。一口食べれば今まで私が食べてきたものとは少し違う風味が口の中に広がって、衝撃を受けました。とても美味しいものでした。思わずホロホロ君のほうを見れば「うまいか」と聞かれて、こくんと頷いて微笑みました。ホロホロ君も、ニッと笑いました。


 「祝いの席だぜ、」ホロホロ君はいいました。「どんどん食えよ」
 「ありがとう」


 そして、あっという間にホロホロ君の御両親との対面は終わりました。
 私は一言お礼を言いました。そして帰ろうと思いましたが時刻も遅いと言われ、今から家を出ても最後のバスの時間も間に合いそうも無かったので、私はついうっかり彼の家にお世話になることになりました。寝具一式もお借りすることになりました。


 「このような事までお気遣いいただきまして、ありがとうございます」
 「いいのいいのさん、そんな改まらないでよ。母さんも父さんもすっごく喜んでるんだから」
 ピリカちゃんは寝具を押入れの中から引き出しながら言いました。私はそれを隣で正座しながら眺めていました。手伝おうとしたのですが、客人に手伝いはさせられないと断られてしまったのです。私は家主には逆らえませんのでちょこんと畳みに正座しておりました。


 「それにしてもさんがお兄ちゃんのお嫁さんになるなら、これからは『お姉ちゃん』になるのかな」
 「え、っと」
 私は唐突なピリカちゃんの言葉に、かあっと体温が上がり冷静さを欠きました。そういえば、よくよく考えてみるならばそういう理屈になるのは分かってはいましたが、どことなく現実感が無いのもまた事実でした。改めて言われると、とても照れました。


 「やだ、さんったら照れちゃって可愛い」
 「え、」私は、恥ずかしくて俯きながらもごもごと口ごもりました。「そんなこと、ないです」
 ピリカちゃんは布団を置きながら「そんな事あるあるー」と言ってクスクスと笑い、私に飛びついてきました。きっと妹が出来たらこんな感じなんだろうと、私はぼんやりと考えました。一人っ子で育ってきた私は兄弟の関係も姉妹の関係もよくわかりません。左右両親に囲まれて、あれをやれこれをやれといわれてきた事を行い、遊ぶ暇も習い事を行う時間に置き換えられてきました。友達と遊ぶ事は無意味で無益な行為だと教えられてきました。だから私は眺めているだけでした、友人たち遊んでいることを羨ましいと思ったことはありませんでした。だって、無益な事だと教えられていましたから。お菓子だって一人で好きなだけお皿から食べる事が出来ました。だからお菓子を取り合ったことも、ありません。
 それでも、心のどこかにぽっかりと空いてしまった穴はふさぐ事が出来ずにいました。とめどなくあふれては消えていく何かを、ただぼんやりと眺めている事しか私には出来なかったのです。ぽろりぽろりと私の中から確実に消えていく何かを失うまいとしながら必死に足掻いている様はさぞかし周りから見ておかしかった事でしょう。だからこそ同情などは貰うに値しない人間なのだと、必死に私は自分自身へと言い聞かせて何食わぬ顔で気丈に振舞ってきただけなのでしょう。それがただ私の足かせになって私自身をその場に繋ぎとめているだけなのだとも知らずに、ただ私は親の言うとおりに動いて居ればいいものと従順に生きてきました。ただ、私はそういう生き物のはずでした。


 しかし、そのしがらみをいとも簡単に振りほどいたのがホロホロ君だったのです。


 「ったくお兄ちゃんにはもったいない!」
 そんな事をピリカちゃんが言いましたが、それは全く逆の事だと私は伝えたかったのです。
 「そんな、」私はぶんぶんと首を横に振りました。ホロホロ君は、私には釣り合わないくらいにいい男です。「私こそ、器量をわきまえた方がいいくらいで」
 「謙遜なんていらないんだからね!」
 「謙遜じゃ、なくて」ええと、と私は言葉を捜します。思いつかなくて、普通の言葉になります。「ほんとです」
 「まっさか」
 そんな馬鹿な、という調子でピリカちゃんは笑いました。
 「だって私の恩人ですから」
 「え?」
 ぼそりと聞こえるか聞こえないか位で言った声は彼女の耳に届く事はありませんでした。彼女は頭に疑問符を浮かべながら小首を傾げました。


 「なんでもないです」
 私がそういって、にっこりと微笑むとピリカちゃんは反対に「もう!」と膨れっ面になりました。














(本気だったのかも)






























その言葉に、嘘偽りなんてものはありませんでした。(20100120)