『生き遅れてはだめよ』
 母は、はっきりとそう言っていました。


 私にとって信じがたかったのは、あっさりと母がこの事態を了承したことでした。シャーマンファイトがどれほどのものか分かりませんでしたが、アガスティアに感謝をしなければいけないと思いました。黙って見過ごしてくれたのも、きっと運命がどうとかそういうことでは無く私自身に対する気遣いだったのかもしれません。今になっては彼しか知らない事でしょうが、私にとってはそれでもよかったのです。なぜならホロホロ君との婚姻を母が認めてくれるならば私に恐いものなど何もなくなるからでした。今この瞬間が、まるで夢のようでした。


 「本当に、許してくださるんですね」
 「何度言わせれば、」母はくすくすと、さもおかしげに笑いました。「気が済むのかしら」
 「それは、」私は恥ずかしくて、頬が紅潮しました。「もういいでしょ」


 母は、またくすくすと笑いました。
 「全く世話が焼けるわ、
 「母上!」
 からかい半分の母は、私をちょいと小突いてホロホロ君の隣に寄せました。くすくすと母は可愛らしい笑顔で笑います。


 「あらまあ、お似合いじゃない。私の若い頃を思い出すわ」
 母は並んだ私たちを見て思い出すように、ふうとため息をつきました。そしてうっとりとした表情になります。母にもこんな事があったのでしょうか。やっぱり私は母の子なんだと、行動を見て思われていたのでしょうか。母の過去を私は知らないのでなんとも言う事は出来ませんでしたが、ホロホロ君に見られていると思うととても気恥ずかしい気分でした。


 「もう、からかわないでくださいっ」
 口を尖らせて私が言えば、母はクスクスと笑って答えます。
 「ホントは嬉しくてしょうがないくせに」
 「母上が許してくれたんです、嬉しくないわけがありません」
 「正直でよろしい」フフフ、と母上は微笑みました。


 その笑顔はやはりとても可愛らしく、なんだか全てがどうでも良くなってくるのでした。




 「あの、」
 ホロホロ君が唐突に口を開きました。眉をハの字にして少し不安げです。母は彼の言わんとする事を汲み取ったかのように、ふっと微笑みました。


 「そういえば私から両親への挨拶はしておいたので後戻りは出来ませんよ」
 ホロホロ君と私は驚いて、目を丸くして顔を見合わせました。
 この『両親』というのは、おそらくホロホロ君のご両親の事でしょう。私は他に誰も思い当たりませんでした。母とは、なんと用意周到なのだろうと思いました。


 「御武運を祈っておくわ」
 そして母は、一言それだけ言うと、私たちの元から去っていきました。まるで、嵐のような人でした。




 私は母が乗ってきた車に乗って去っていくのを、車が小さくなって消えるまでずうっと見送ってからホロホロ君と顔を見合わせました。


 「本当に、いいの?」
 「ああ、シャーマンキングはもともと目指す予定だったし」


 私は表情には出さずとも、内心で少し驚きました。私なんて何も知らなかったのに彼はその事を知っていた、という事は今まで彼はシャーマンキングというものになるために頑張ってきたという事になります。それなりに浮力値もあるのでしょう。


 「そっ、か」
 ただ、その時の私にはそれしか答える事が出来ませんでした。














(さすらい鳥)






























母という存在、それは絶対。(20100119)