私は玄関にあったスニーカーを簡単に履いて、ホロホロ君と共に走っていました。行き先は分かりません。きっとホロホロ君が知っているのでしょう。 両親には後でなんと言われるか分かりませんでしたが、私はもうそれでもよかったのです。彼が来てくれたという事実、それだけで私は十分でした。幸せな気持ちでいっぱいになりました。私は夢のような浮遊感を味わいながら現実味の無いままに、河川敷を走っていました。 前を行くホロホロ君の背中が少し大きく見えました。 こんなに大きな背中をしていたんだなあと彼の背中を見上げました。頼りがいのある、とても大きな背中でした。惚気と言われてもおかしくは無いかもしれませんが、私にとってホロホロ君以上に頼りがいのある人なんていないのではないかと思えるほどでした。彼の背中は今、きらきらと輝いているように見えてとても素敵でした。私が思わず見ほれてしまうほどに、素敵でした。 ホロホロ君が一歩踏み出すたびに私も一歩踏み出します。ホロホロ君は、着物を着ている私のために私にペースを合わせて走ってくれていました。ですから私は彼に難なくついていく事が出来たわけです。このような心遣いの出来る彼はなんて素晴らしい人なのかと思いました。だから、きっと私は彼に惚れてしまったのでしょう。 私の鼓動がどくんどくんと鳴りました。 やっぱり私は彼の事しか見えていないのです。 『恋は盲目』とはこのような事を言う言葉だったのだという事に、ようやく気がつくことができました。恋というものは、人に冷静な判断材料を見せないようにして判断を狂わせてしまう。だからこそ、盲目なのでしょう。愛する人と結ばれる事しか見えていないのですから。 それでも、その一言が言えませんでした。 私には間のとり方が分からなかったからです。どうやって間を取ればいいのでしょうか、どうやって彼に伝えればいいのでしょうか。伝えたい想いは山々だというのに。私はただ黙って指をくわえて見ているだけなのでしょうか。そんな事ではいけません。 しかし今の状況では何も言えそうにありませんでした。 それでも指先から伝わる温かさが、ただ幸せでした。 私はずっと手を握っていたい気持ちに駆られました。それでもいずれ、走っている時間も終わってしまう時が来るでしょう。ならばせめてこの時間が一秒一分と長く続けばいいと思いました。ただの我侭ですが、ずっとこの温もりに触れていたいと思いました。ホロホロ君の手は私の手よりも大きくて、最近の中学生は大きいものなんだなあと思いました。ぎゅっと握り締めてくれる、その安心感で私はどこへでもいけるような気がしました。 彼と会ってから日は全く経っていないにもかかわらず、私はずっと一緒にいたような何処か懐かしい感覚を感じるようになっていました。彼が隣にいる事が、私にとってもう既に当たり前の幸せの一つになっている事に驚きました。ホロホロ君とピリカちゃんと一緒にご飯を食べて、バラエティ番組を見て、ピリカちゃんの作った饅頭も食べて、色々な事がありました。そのどれもがここ数日間の出来事なのに私の人生を激変させてゆきました。 目に入る全ての光景が、真新しく色鮮やかでした。 それはすべて、彼のおかげなのでしょうか。それは分かりません。 それでも、彼と出会わなければ私はきっと今日のお見合いで適当に婚約者を決める事となっていたのでしょう。今考えるとゾッとしました。しかし今私にはホロホロ君という力強い味方がいました。恐れる事は何もありませんでした。 大好きな人と一緒にいる事が出来るという幸せは、私にとってかけがえの無いものです。 だから私は、彼に手を引かれながら精一杯走るのでした。
(愛を騙る手足)
▲ そんなこんなで逃走劇。(20100112) |