午前八時になりました、一組目の見合いが始まりました。今日の見合いは合計40人の予定です。母が年齢の10以上離れている人を省いてこの数字なのですからよほどの人数が見合いに参加していると言う事でしょう。そもそも私としては彼が来ない限り全ての見合いを蹴るつもりですから、数字などと言うものは全く関係ないものですけれど。



 見合いの席は私と父と五人の見合い希望者の組によって行われました。
 面倒な事この上ないと皆一様に思っているのでしょう。少なくとも私は面倒な事この上ないと思っている気持ちには全く変わりはありません。父は始め五分で途中退席する設定で、一組三十分のペースで見合いは行われる予定でした。私は手渡されてあらかじめ暗記しておいたメモ用紙の通りに見合いの席を執り行えばよいだけでした。気に入った人がいたら適当に言いなさいと言われましたがそんな人が現れるはずがありませんでした。なぜならみんな私よりも年上か、年下でも二・三歳しか離れていないような人ばかりだったからです。彼の姿などありませんでした。それでも待ち焦がれている私がいました。


 ふと私の頭に平安貴族というものがよぎり、もしかしたら恋焦がれている気持ちは今も昔も変わらないのではないかと思いました。私は百人一首の式子内親王の和歌がとても印象的で良く覚えています。『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば しのぶることの弱りもぞする』、人目につかぬよう耐え忍びながら恋をしているなんて、凄まじい和歌を書く人なのだと思いました。きっと周りにバレてしまうくらいなら死んだ方がマシなんて考えている人だったのでしょう、プライドの高い貴婦人だったというのが伺えます。彼女の和歌は私の心をがっちりと捉えて離しませんでした。強い人だと思いました。
 しかし想い人に彼女の声は、届いたのでしょうか。


 「お初にお目にかかります、」私は彼らに頭を下げました。「私がでございます」


 ごく丁寧な口調での滑り出しは上々で台詞を噛まなかった私は頭を持ち上げました。彼らは一様にぎくしゃくとしたかみ合わない歯車のような動作で一礼しました。その様子が滑稽で、私は彼らも彼らなりに真剣なのだろうと想いました。そもそも五人一度に面接と言うのが間違っているような気がしてなりませんでしたが、これは母の提案なので逆らう事など出来ませんでした。一体母は何を考えているのか分かりませんでしたが、今回の場合は時間短縮というのが一番の理由のような気がしました。結果として母が選ぶような形になりそうで私は少し恐ろしい気持ちになりました。
 そんな魂胆が本当にあるのか無いのかは分かりませんが私の持ち霊であるセイレーンの変わりに隣に座っているのはアガスティアでした。いかにも私が持ち霊だといわんばかりに、我が物顔で座っている彼を見ると私は思わず噴出しそうになりますが、そのような事をしては一家の恥だと言う事は重々承知でした。それにしても面白いものは面白いので四六時中私はにこにこと微笑が耐えそうにありません。


 「右側の方から、お名前とご趣味とご職業の紹介をお願いします」
 私はニコニコと営業スマイルを浮かべたまま、テキスト通りの言葉を並べます。
 恭しく礼をした右端の男性は見た雰囲気二十代前後の人でした。私はあの地獄の三時間の間に全ての人の顔写真と簡易プロフィールを暗記させられていたので頭がとりあえずパンクしそうでしたが彼の名前は何となく頭に残っていました。一番の彼は少し緊張した面持ちではきはきと喋り終えました。二番目の人は優男のような人で年齢は見たところ良く分かりませんでしたがおそらく二十から三十台前後の人だろうと思いました。そして三番目の人は眼鏡をかけてわざわざ七三分けにして真面目でインテリっぽい雰囲気をかもし出しておりました。四番目の人は三番目の人とは違い、金髪でした。きっとこの人と三番目の人は犬猿の仲なのだろうと想いました。言っている事が間逆なんですもの、きっといつもいがみ合っている二人なのでしょう。五番目の人は寡黙そうな人でした。少しだけ好感の持てそうな人でしたが目の奥が混沌としていました。何だかよく分からない人だと思いました。


 「さて、料理も来ると思いますのでゆっくりと話していってくださいね」そう言って、父が外へ出ました。
 アガスティアは私の隣に堂々と居座って、私の警護も兼ねて付き添ってくれています。セイレーンも常に畳の裏にスタンバイしているのでいつだって出てくる事が出来る算段となっていました。


 「さんは、どのようなご趣味をお持ちですか?」
 「ピアノやヴァイオリンを嗜むのが好きです」
 そう母の教えの通りに言えば「ほう」だの「へえ」だのといった感嘆の声があがりました。至極どうでも良い事でした。私から大して質問するまでも無く料理が運ばれてきて、私は結果論として質問攻に合い、ただ五月蝿いだけの組となりました。ただ五番目の彼からは詰まらなさそうな私と同じオーラを感じました。そんな訳で、午前中に40人全員の一時審査が終わりました。至極面倒でしたが午後からも午前中に選んだ人との会談があると思えば私はげんなりせざるを得ませんでした。どうでも良かったので、私はどうでも良さそうな人を一人、鉛筆を一指し指で立てて離した時に鉛筆の倒れた方向にあった見合い写真の人を選びました。


 どんな縁があったのか知りませんが、それが一組目の五番目に自己紹介をしていた彼でした。
 私は先程出てきた朝ご飯を一人ぼんやりと食べ終えると、屋敷内の昼の会場へと行きました。









(この声は届かない)





それでも私はホロホロ君が一番だからみんなみんな断ろうと想うのです。

























(20100111)