朝起きればそこは、モヌケの殻でした。 もう一度、目をこすって見てみてもその現状は同じで、昨日が言ったとおりだとホロホロは思いました。本当に行ってしまったのか、彼は部屋の中に入って確かめようと思い、一歩その中へと足を踏み入れました。ほんのりとがいたような匂いがありました。 しかし、肝心の彼女はそこには存在しませんでした。 「…、お前本当に」 答えるものは何もありませんでした。 襲ってきたのは、果てしない虚無感と、空虚な気持ちでした。心に穴が開いたように、何か大切なものがぽっかりと抜け落ちてさらさらと無情にも零れ落ちていってしまったような感覚がホロホロを襲いました。覚悟は出来ていたはずでしたが、心の奥底では嘘だと思いたい気持ちがあったのも本当です。 「嘘だって言って出てきてくれよ、なあ」 ホロホロは畳の上に座り、畳の目をなぞりました。少しだけ、おしろいのような粉が落ちているのに気がつきました。そして昨日の事を思い出しました。 彼女は泣きそうな顔で言っていました、今朝出て行くと。 その言葉に嘘偽りは無く、全くの紛れも無い真実であり、今現在の現実として直面しているものでもありました。それでも、見合いなど嫌だと泣きついてきた彼女の事が忘れられませんでした。そして自分と過ごした時が楽しかったと言ってくれた彼女の事が忘れられませんでした。 (信じられるかよ、そんな事) ホロホロはこぶしを握り締めて行き場の無い感情を押し殺しました。 (オレばっかり、なんでこんな目に) 嵐のようにやってきて嵐のように去っていった彼女の残した被害は、果てしなく甚大なものでした。ホロホロは、苦虫を噛み潰したような表情になりました。コロポックルのコロロが心配そうに周りを飛んでいました。ホロホロはしばらくぼんやりとそこに座っていました。 「お兄ちゃん、遅―い」 ピリカがやってきてホロホロのいる部屋を覗き込みました。異変に気づいたらしいピリカは、あれ、と疑問符をつけて兄に聞きました。 「さんは?」 しばらくの間返答はありませんでした。 「帰ったよ」 「え」 「帰っちまった」 「そ、そんな…」 まさか、と言う表情のピリカ。ホロホロは俯いて座ったまま答えます。 「行っちまったよ、アイツ」 ホロホロは頭をぽりぽりとかきました。 「オレには遠すぎんだよ、ったく」 「馬鹿! 追いかけなさいよ」 「オレには無理だって」 「そんな事わかんないでしょ! もう知らないから」 ぱん! と勢いよく襖を閉めてピリカが部屋を飛び出していきました。ホロホロは情けねェ、と呟いて天井をみて仰向けに寝転びました。ホロホロには、色々な衝撃が大きすぎて、どう受け止めればいいのか分かりませんでした。本当に、いなくなってしまったという喪失感がふつふつとわきあがってきてとたんに切ない気持ちがこみ上げてきました。 「馬鹿野郎は、オレじゃねェか。情けねェのはオレじゃねェか」 自分を頼ってきた一人の女の子すらも守れねェのに、オレ一人でコロポックルを守りきれるのかよ。 そして、彼は立ち上がりました。 行く先は見えず、行き先も見えず。
(迷走)
▲ (20100111) |