箪笥の中へと隠していた見合い写真が両親に見つかったようでした。という事実が分かったのも、母上の持ち霊とセイレーンが偶然接触したようだからです。全くこちらの居場所をやすやすとばらすような事をして、と頭に血が上り口論に発展しかけましたがセイレーンに居場所はまだ割れていないと言われて私は仕方なく引き下がりました。私個人としてはもう少し会話の内容について詰め寄りたかったものですがセイレーンがそれで全てだというのだから仕方ありません。 私は先程ピリカちゃんが出してくれた温かいお茶を、ふうふうと息をかけて冷ましながら啜りました。 猫舌とは困ったもので、少しでも高い温度のお茶になると途端に舌を火傷してしまいます。私は火傷しないように気をつけながらお茶を少しずつチビチビと飲みました。こうしてのんびりと過ごしていると事の重大さをうっかり忘れてしまいそうになりますが、今はもうそんな事はどうでも良くなりつつありました。 いえ、もうどうでもよくなってしまったのです。 私は手に持った湯飲みのお茶をぼんやりと眺めました。 「私は覚悟を決めねばならないのでしょうか」 面倒くさい事この上ありません。 しかしホロホロ君の家に迷惑をかける訳にもいきません。私に迫っていたのは見合いの日程と私の一家にある名誉と誇り、そして私自身の決断でした。私が我慢すれば、全て丸く収まりました。 湯飲みのお茶は返答など返しません。 セイレーンも黙しています。 私は冷めた湯飲みのお茶をぐいっと飲み干すと、私が寝室として使っている部屋から外へ出ました。廊下はひんやりとしていて、私は少し早足で廊下をすりぬけて行きました。戸を開けてリビングに入ればホロホロ君がソファに腰掛けて、先程からずっとついているテレビを見ながら饅頭をほおばっているところでした。私は流し台に湯飲みを置くと、ホロホロ君の後ろにすうっと忍び寄ります。 「わ!」 と言って驚かせばホロホロ君はぼうっとしていたのか「うわっ」と少しびくっとなって饅頭を取り落としそうになりました。私は上手くいったと思いながらくすくすと笑うと、ホロホロ君はむうっと頬を膨らませてこちらを見ました。 「びっくりしたじゃねェか!」 「びっくりさせたんです」 私はまたしてもくすくす笑うと、ソファに座る彼の隣に座りました。 「一つ頂きます」 「おう」 少し立ち上がり手を伸ばして饅頭を一つ菓子皿から取り、もとの位置へ座りなおします。はむ、と饅頭を一口かじれば甘い餅と餡の柔らかなもっちりとした食感が口の中に広がりました。 「うまいだろ」 「すごく、おいしい」 「そりゃよかったぜ、ピリカに言ったらぜってぇ喜ぶぞ」 「これってピリカちゃんが作ったんですね、さすが!」 おいしい、と言いながらもう一口饅頭を頬張る私。ホロホロ君も饅頭をもう一つ取りもぐもぐと頬張ります。私は饅頭の最後の一欠けを口に入れもぐもぐとしながら、もう一つの饅頭に手を伸ばしました。 「実は甘いもの好きだよな、」 「そうなんですよ、」私はもぐもぐと食べている饅頭を飲み込みました。「イチゴ大福なんかも好きです」 「和菓子か?」 「洋菓子も好きです」私は思い巡らせます。「ショートケーキもチーズケーキも、メレンゲもマフィンもマカロンも全部好きです」 「チョコレートも好きか?」 「大好きです」 私はチョコレートと言う言葉にうっとりとときめきながら、あの甘い誘惑に思いを馳せます。 ホロホロ君はチョコレートの事をどう思っているのでしょうか。 それから私の事は。 「オレも大好きだ!」 ニコリという笑顔と、その言葉にずきりと心臓が痛みます。 私に向けられた言葉ではないと分かっていますから。 言えない、言わない、言えるはずもない。 『心、ここにあらず』とはまさにこの事。決断力の欠けらすらも、どこかの誰かに取られてしまったように空っぽです。どこか上のほうで誰かにとられてしまったかのように、そこには空虚感が残り切ないのです。でもこんな事言えるはずもありません。 でも苦しいのです。 心がはちきれそうに膨れ上がっていく重圧に、もう体が耐え切れそうに無いくらいに。 いっそ伝えられるなら伝えてしまいたいくらいに私の心は重圧できゅうっと締め付けられてゆきました。話せば話すほどに、それはずっとずっと重く私の心を押しつぶしていき、苦しいのです。
(誰のもの?)
▲ しばらくヒロインの回想。それにしても深夜に書いた小説を読み返すと誤字脱字が多い。(20100110) |