母は、私にとってとても素敵な母親にしか見えませんでした。黒髪美人で身なりもきちんとしていて礼儀正しく八方美人。その上に博識。会社での成績も優秀。会社ではトップレベルのキャリアウーマンなのです。働き家庭に貢献しながらも、常に笑顔をたやさずに優しく正しい道へ誘ってくれる母が聖人君子のように見えました。 私の間違えた事は即座に見つけ次第、どうして間違えてしまったのか丁寧に説明までされ解説までしてくれました。その時に、道を間違えてしまった時にはいったん引き返して間違えてしまった所まで戻りなさいということを教えてくれたのも母でした。頭の回転の速い母はなんでもできるヒーローのように私の目に映り、私は母のような母親代表になりたいと思うようになりました。 しかし母は『あなたが二十歳になる時にはきちんとしたよい相手を見つけなければなりません』と言い始めた日からいつもいつも見合いの話ばかり持ちかけてくるようになってしまったのです。私は小中と女子校に通っているので男の人と最後に話したのは幼稚園の時だったでしょうか。なぜなら母親は私が友達と遊びに行くのすらも拒んでいたからでした。周りが色恋沙汰の話をしている最中、私は常に蚊帳の外でした。その度に幾度も友達には嫁に貰ってあげるなどと冗談を言われ、うふふと笑いながらその場をしのいできました。しかしどうしても私は耐え切れない節があったのです。今もそれは同じでした。高校に入学しても私の恋については何の進展すらありませんでした。 母は私に対して家族愛はたくさん与えてくれましたが、母は私に異性について何も教えてくれませんでした。少しでも聞こうとすればいままでにないくらいの鬼の形相でキッとこちらを睨むのです。二度三度試しましたが、全く何も話してはくれませんでした。それが私は恐くて恐くて仕方ありませんので、母には二度と聞かないと中学のあの夏の日に口をつぐみました。 母は絶対のはずでした。その日から私の絶対は偽りの“絶対”へと変貌していた事に母はおそらくほとんど感づいてはいないでしょう。 そして、私は今堂々と初めて母にそむいてしまいました。 後悔はありませんでした。見合いはどうしても嫌でした。 謀反が始まったのです。 さて、荷物を全て使い込まれた白いボストンバックにつめた所で私に行くあてなどはありませんでしたがその辺の安いビジネスホテルかどこかに滞在すればいいかしらなんて思いつつ、私はバスに揺られていました。私の家は都心といえば都心ですが少し外れた所にありますので、街に行くにはバスを使うか自家用車を使うかしなければなりませんでした。ぼんやりと外の風景を眺めていると、もうそろそろ中心部につくのでしょうか、都心のビル郡がだんだん大きく鮮明に見えるようになってきました。 北風がぴゅうぴゅうと寒かったので、もこもことしたファーのジャケットに首をうずめるようにするとまるで私は自分が毛星人のようになったように思えました。毛星人というのは私が作った星の人でみんな雪男のようにけむくじゃらなのです。 私は一人『毛星人るるるサンバ』のメロディーを頭の中で繰り返しながら持霊の一人であるセイレーンと一緒に目的地でバスを降りました。そこではたと立ち止まったのは、偶然にも先日家のお手伝い兼持霊が増える現場に居合わせたホロホロ少年がいたからでした。私は、彼が私の存在に気づいているのか気づいていないのか少し気になってきたので、ひょこひょこと彼に近づきながら背中の大きなボストンと共に一緒に挨拶をする事にしました。 「こんにちは、こんな所で会うなんて偶然ですね。ホロホロ君」 「よぉ、また会ったな。っていうかよォ、どうしてまたこんな所でフラフラしてんだよ」 私はにこやかに微笑みました。彼はニッと屈託の無い笑顔で笑いながら問います。私は正直に言うかどうか少し迷いましたが結局の所本当のことを要約して言う事に決めました。 「家出してきました」 「そうかそうか。……って、はぁ!? 家出って何考えてんだよ」 「かの両親の傍若無人な振る舞いとお見合い合戦にはもううんざりしたのです」 「おおおおおおお見合いって、お、お前いくつだよ! 早すぎんだろ!」 「今年で齢17となりました。母は私を無理矢理にでも誰かと婚約させようとして、困ったものです」 「何ホロ!? 年上だったのかよ!」 「ええ、まあ」私はこの人もまた、いつも通りの反応をするのだなあなんて思いながら私はくすくすと笑いました。「考えればそうなります」 「あー」 彼は頭をかきました。何事か悩んでいる様子でコロロちゃんもふわふわと周りを不安そうに飛んでいます。 「どうしたのでしょうか」 「ずっーと年下だと思ってたぜ」 「慣れっこですよ、いつも言われているので」 「ちっさいって大変だな」 「そうでもないです」 ね、セイレーンと彼女に同意を求めればセイレーンには一言『子供気分も大概にしておきな』と一蹴されてしまいました。 そのやり取りを見ていたホロホロ君が「ん?」と何かに気づいたように首をかしげたので、私は何かおかしいことでも言ったのかなあなんて思っていると唐突に彼はぽんっと何かをひらめいたかのように手を打ち鳴らしました。 「そういえば、ってシャーマンだったのか? っていうか年上なのにオレ、って呼び捨てでいいのか?」 「最終的には巫女志望ですけどね」私は少し言葉を区切る。「あと名前は呼び捨てで構いません、私としては気が楽です」 「じゃ、遠慮なく呼ぶけどよ」 彼には何かまだ引っかかるものがあるようで、何か尋ねたそうに目を泳がせています。私は待ちます。 しばらくの沈黙。 「なぁ、」そして彼はその沈黙を破るように口を開きました。「その敬語、どうにかならねェのか?」 「敬語? …あ、ええと、あの、これって私の癖なんです」 「癖って、……どういう事だ?」 ホロホロ君が首を傾げました。私は、はっとして言葉を紡ぎます。 「誰に対してもこのような口調です。私はこの話し方以外に砕けた話し方が出来ないほどに不器用なので」 私が申し訳なさそうに言えば、ホロホロ君は申し訳なさそうに「悪かったな、」と言いました。謝らせるつもりなんて無かったのでまたしても私は申し訳ない気持ちになりました。そして意外にも両親意外に口調を指摘されたのが今回初めてだった事に気づいた私は、私の口調はとても丁寧なものなのかしらと思いましたが母親には良く文法が間違っているとか区切り方が間違っているとか色々と注意されてきたので、日本語と言うものは奥が深くて難しいものなのだなあと改めて感じました。 「ホロホロ君は謝る必要なんてないですよ!」私は彼に対して首を横にぶんぶんと振って答えました。 「え、い、いやオレは…なんか、い、いや、…なんでもねェけど!」 「おかしなホロホロ君」 急に言葉に詰まるホロホロ君の姿が面白くてくすくすと思わず笑ってしまう私。 「そういえばさ、家出してきたって言ってたけどよ、行く宛てとかどっかあんのか?」 「その辺りのビジネスホテルか、最悪の場合は野宿という計画です」 「ちょっと待てよ、お前…野宿はやべェぜ! ビジネスホテルだってこの時期は観光客の予約でいっぱいじゃねーのかよ」 「となると野宿しか道は残されていませんね!」 「何でそーなるんだ!」 「ビジネスホテルがいっぱいなら、この大草原で眠ればいいのです」 「死ぬだろおおぉぉおぉ! 考えてみろ、こんな寒いところで寝てたらそれこそ凍死目前だぜ。…そもそもお前、誰かに襲われたらどうすんだっ!」 私は、ぽんと手を叩きました。 「なるほど一里あります、でも最低3日は帰れません」 「何でそんなめんどくせェ事になってんだよ」 顔をしかめながらホロホロ君が言います。 「見合いなど御免こうむりたいからです、絶対に嫌です」 「まー、要するにだ。お前は見合いが嫌で出てきたけど行く所が無くて困ってんだよな」 「その通りです」 自信満々に言うと、そこは自身を持って言うもんじゃねェ!とおこられてしまいました。 「しょーがねェな、まあ家でよかったら泊まってきな」 そんな訳で、私はホロホロ君のお宅へと居候する事になりました。
(激走セオリー)
▲ そんな見合い話いやだもの!(20100105) |