「まさか、お前コロロが視えんのか?」
 「?」


 私がぼんやりと人通りのほぼなくなった夜の大通りの前の信号機で信号が変わるのを待っていると、その何か可愛らしい妖精のようなものを連れた少年は私に問いかけてきました。私は妖精と一瞬目があってしまい、どうしようもない気持ちになりながらこわごわと少年へ視線を向けます。私のほうが小さいので自然と少し見上げる形となるわけですが、名も知らぬ人に話しかけられることなどそうそう無い私は少し恐怖心にかられていました。


 「あ、いやお前を恐がらせるつもりはねェしオレは怪しい奴でもねェけどよ、視えるんだろ」
 「ええ。可愛らしい妖精さんが見えますが、」私は少し恐かったのか、顔をしかめます。「なぜ私にその子が見えていると?」
 「オレがシャーマンだからって言ったら分かるか?」
 「?」
 「コロロが教えてくれたんだよ、お前がじっと視てるってな」
 「まあ」私は可愛らしく彼の周りを飛んでいる妖精を見れば、彼女は恥ずかしいのか少年の後ろに隠れました。「私ったら、彼女が可愛らしいものでしたので、つい長々と見入ってしまいました、面目ありません」
 「ま、いいけどよ」


 さて私はシャーマンと言う単語を聞いたことなら何度もありました。耳にたこが出来るほど聞きました。


 「貴方はシャーマンなのですか」
 「ああ、さっき言った通りだぜ」


 どことなく普通とは違う違和感を醸しだしている彼は、私が目を丸くして驚いたのを見るとぱあっと明るい表情で歯を見せて笑います。私もなぜか少年につられて微笑んでしまいました。


 「つかぬ事をお伺いしますが、その子が貴方の持ち霊なのですね」
 「まァ、そういう事になるけどよ」少年は続けて言います。「お前相当、霊感が強ェんだな」
 「どうして?」
 「だってよ、オレの持ち霊だってのが分かったんだろ。シャーマンって言っても驚かねェ奴なんて普通の奴じゃまずありえねェし、普通の奴ならまずビビッちまうか馬鹿にするだろ。でもお前はシャーマンと聞いても笑い飛ばしたり馬鹿にしたりしなかった。その上コロロまで見えてるってことは霊感もかなり強ェってことになる」
 「まあ」


 私は驚きました。少年は私が霊感の強い方だという事をピタリと当ててしまったのです。私は混乱してしまい、言葉が上手く出てこなくなってしまいました。いままでに、こんな人には会った事がありませんでした。


 「あ、あの、つかぬところお伺いいたしますがどちらさまでしょうか」
 「オレはホロホロってんだ」ホロホロ君は私に先程と同じ人懐っこそうに見える笑みを浮かべます。「で、こっちがコロボックルのコロロ」
 コロロちゃんも「クルクルー」と人懐っこそうな笑みを浮かべます。初めてコロボックルという妖精を見ましたが、とても可愛らしい生き物だと思いました。心があったかくなって和やかな気分になりとても癒されます。一言で言うならとても可愛らしいと言うに尽きるでしょう。
 「私は、です」


 私も笑みを返しながら名乗りました。相手に名前を聞いてしまったのなら自分も名乗らなければなりません。なぜならそれをしなければ私の教えられた礼儀に反してしまうからでした。私は、反抗期すら一度も無かったのではないかというくらいに、母の礼儀には絶対的に従ってきました。なぜなら母はいつも正しい道に私を導いてくれる母親の代表格のような人ですから、間違った事は絶対に言わないのです。


 「よろしくおねがいします」と礼儀正しく私が彼に言おうとしたときでした。何か良く分からないものがバチバチと音を立てながら私に近づいてきます。私は信号が赤なのにも構わずに思わず飛び出そうとしていました。なぜなら私は嫌な気配を感じたからです。




 「ちょ、危ねーだろ! 何して」彼の言葉をさえぎって私は車の通りの無い道路を見ました。
 「危ないからここから逃げます」
 「へ?」
 「いいから逃げましょう」


 頭に疑問符を残したままの彼の腕を取り私はまだ赤のままの横断歩道を突っ切ります。彼も私に引っ張られながらその場を50メートル走った所で後から、どんがらがっしゃんごうんごうんと鉄骨が降って道路に当たり打ち砕けたような音を聞きました。立ち止まってゆっくりと後を見れば鉄骨がくの字にひしゃげて折れています。私が一息つくと、彼は私の手をぎゅっと握り締めて言いました。


 「助かったぜ、だけどどういう事だ?」
 「あれです」
 「な、自縛霊!?」


 私は工事現場にふわふわと浮く白い自縛霊を指差しました。今日は退魔用のお札を三枚しか持っていない私はどうすればいいのか分かりませんでした。これでは仕方ありません。


 「霊を成仏させるのに、協力をしていただけますか?」
 「オレにまかせとけ!」
 「ありがたい、恩にきります」


 まず始めに私は彼に自縛霊をこちらへと誘き寄せてもらうことにしました。もう既に下には魔方陣を書いてあり準備は完璧です。


 「行っくぜェ〜!」
 彼は憑依合体をするとスケボーで自縛霊をこちらに追い詰めるように誘導してきます。自縛霊は彼に敵わぬと思ったのか私に狙いを定め、私のほうへと徐々に近づいてきます。いまかいまかとタイミングを計り、カウントダウンを始めました。自縛霊は単純に直進してきます。あと100メートル、90メートルとだんだんと近づいてきました。相手の姿をよく観察しながら私は懐から、代々我が家に伝わっているお札のひとつを取り出します。…3、2、1、0。




 「発動!」




 魔方陣が勢いよく発動しました。私は間をおかずに札を投げます。自縛霊にクリーンヒットをとげた術式はきらきらとネオンのように白く発光して、自縛霊がぎゃあすとこの世のものとは思えない断末魔をあげました。しゅうしゅうと音を立てて自縛霊の表面を覆っていた白いもやが崩れ去っていきます。自縛霊としての悪い邪念が取り除かれた所で人間だった頃の霊の姿が浮かび上がってきました。


 さわやかな短髪の黒髪に澄んだ瞳。よれよれの制服のシャツとよれよれの黒い制服のズボンに下駄。そして薄汚れた肩掛け鞄。
 バンカラスタイルというのがまさにこの事なのでしょうか。私は彼に話しかけます。


 「大丈夫ですか、ご気分はいかがですか」
 「ああ、小生は一体…君は…誰です」
 彼は少し頭を抱えて、私の近くへすうっと近づいてきました。うろたえている私ではありません。決してうろたえてなどいません。
 「私はといいます、安心してください貴方を無事に成仏させるためにここにいます」
 「そうか、さん」彼はふらりとした体制を立て直し、にこりと私に微笑みました。「それはありがたい」
 「あなたの心残りを教えていただきましょうか」
 「小生をこの土地から解放してくれた君に逢えた、それだけでもう大丈夫だ」
 「それは」
 「小生の恩人である君と過ごせるならもう心残りは無い」


 自縛霊であった彼は私の手を取りました。ホロホロ君がすうっと地面へ下降してきます。


 「僕はここで恋人には振られてしまった、彼女はもう僕の姿は見えていないのだろうもう200年ほど前になる。彼女ももうこの世にはいないし別の男と幸せに暮らしていた。しかし僕は恋がしたかった。だから、恩人である君の元で働かせてくれ。僕は君に一目ぼれしてしまったようだ」
 なんともまあ、驚きの事態がおこってしまいました。


 「成仏するんじゃなかったのかよ」
 ホロホロ君が近づきながら彼に言います。私は少し目を泳がせながら、その質問に代わりに答えました。
 「できなくなってしまったようです」
 「なにホロ?」
 「懐かれてしまったみたいで、成仏できないと言われてしまいました」




 初めて見たぜ、そんな奴なんて言いながらホロホロ君は目を丸くしました。








(二人が生み出す相乗効果)






























それにしてもマンキン効果はすごいです。しかしこれは何かもういきなり波乱の予感で。(20100105)