ソファでうつらうつらとしていれば、ふわりとわたしのケープが掛けられた。珍しい事もあるもので、こんな事があるから雨が降るんじゃないのかと背後に立つ男を見る。わたしと男の出会い方は世間的に見れば最低で最悪なもので、こんなところに置いてもらっているのも何かの縁かもしれない。幸いなことと言えば、この男がそれなりに強いおかげでそれ以上わたしの大切な貞操が非合意で奪われることが無くなったという事だろうか。面倒事はごめんだったし、下手に動くのも婿探しもその面倒に変わりは無かった。あてもなく彷徨って、行き倒れることなくともオークションなどのまつりごとにかけられてしまえばわたしはまた軟禁生活に逆戻りだった。そういうしがらみをすべて含めてみれば、この男も、わたしもどちらも面倒は苦手な性質であったし、互いに探り合おうとしないところも気に入っていた。少しずつ男に惹かれつつあるわたし。ジンはとてもいい人だ。 ジンが戻ってこない事はしばしばあった。それでもその間にわたしはお部屋の掃除をしたりと忙しい。洗濯も自分でしている。こんな辺境の地で洗濯することになるなんて思ってもみなかった、それも不思議な男の分まで。付き合うとか付き合わないとか、そういう問題を全てすっ飛ばしたような一つ屋根の下での奇妙な関係は、いままでのわたしの暮らしよりもはるかに自由ですがすがしいものではある。しきたりは放棄していない。それでもちゃんと存在していた。 へらへらとしたような笑顔を浮かべて声をあげて笑いながら、ジンがどっかりとソファに座った。横になったままで見上げれば、わしゃわしゃと頭を撫でられる。まるで猫か何かにするみたいに。 「またそんな所でそんなふうにしてると風邪ひくぞ」 「ううん、もうちょっと」 「馬鹿、俺が襲っちまうぞ」 「いつものことじゃない」 ううん、とまたわたしが唸って、ようやく半身をおこした。ジンは一瞬呆気にとられたような呆けた顔をして、そしてケラケラと高らかに笑う。笑いながら思いきりわたしにむかって飛び込んでくるものだから、衝撃に耐えられず思わず後ろにこてんと押し倒された。今度はわたしが呆気にとられたような表情になって、ジンがまたケラケラと笑う。本当に自由なひとで、この人がたまに羨ましくなる。子供みたいに無邪気で、それでいて何に対しても興味をもって、探究心のカタマリだ。だからこそ遺跡ハンターみたいな変な仕事が務まるのかもしれない。 「子ども作っちまおうか」ぐいっと顔を近づけてくる。鼻先がすれる距離で、こつんと額があたった。急な提案にわたしはううんと首をかしげる。 「ジン、子供ってペットじゃないし作るにしても秘境じゃ危ないよ」 大真面目にいったわたしの回答に、ジンが目をまんまるにして黙り込む。驚いているのだろうか、呆気にとられているのかわからないその間の抜けたような表情は、わたしが彼と生活し始めてからたまに見かけるものだった。わたしには、このひとは何を考えているのかはやっぱり分からない。一瞬の沈黙の後にふっと小さく息がもれて、ジンがわたしに跨ったまま半身を起してケラケラと笑い始めた。ほら、やっぱりわからない。でもそんなミステリアスさがわたしの興味をそそるのだと思うと、わたしはなんだかこの人の掌の上でうまく転がされているにすぎないのかもしれなかった。 「ハハハ、ちげぇねぇな」 「むこうみず」 「そりゃ、お前にも言える事だろ」顔をぐいっと引き寄せられて、思わず反射で後ろに下がろうとする。「今更恥ずかしがってんじゃねーって」 「そういうのじゃないけど」 「じゃなんだよ」 ちらりと見れば、やはりぎらついた瞳があった。はっと息をのむ音が、ジンにも聞こえたのだろう。ニヤリとした笑みが濃くなった。わたしもつられてへらりと笑うと、ジンが奇妙なものを見たとでも言ったように眉をひそめた。へんなひと。こんな人と一緒にいるなんて、わたしもへんな女なのかもしれない。それにしたって、先人たちは『男がオオカミ』なんてよく言ったものだと思う。だって、ほんとうにその通りだから。 「わたしジンの事、嫌いじゃないよ」 「あー、そりゃ合意ってことか」 「そうかも」 そしてわたしたちはソファに沈む。 (20120412|×|少女は裸足で駆け出した) |