※壁ドンシリーズ2

気づけば咲森の生徒に壁際に追い詰められ、愛の言葉を囁かれていた。ジオール人はこんな風に愛を囁くのか、とわたしが冷静に考えていれば、右隅の植木から物音。何人か現場を覗いている輩がいるらしい。全く物好きが多いな、とわたしは内心ため息をついた。例のエルエルフの件のあと立て続けにこんなことがあり今月もう6回目だ。勘弁してほしい。ドンされようがどうしようが、恥じらうことなんてできないのだ。先ほどからいままで、残念ながらわたしは真顔である。

「残念だけど、わたしはあなたと付き合うことはできないわ。あなたの事が大切だと思うから。いい? これだけは分かって。わたしと付き合うってことは、ドルシアからもARUSからも真っ先にわたしの弱みとして命を狙われる。殺されないなんて保証はないわ。それでもいいというのなら、わたしよりも強くなってから出直してくることね」
「あっ、そんな…さん…」
「応援してるわ。じゃあね」

生徒の志気を落とさずうまいこと切り抜ける方法を考えてやるのも苦労する。これがわたしの部隊の他の奴らならもう少しうまくやるのだろうか、と考えていやそれはないな。とため息をついた。奴らなら全員と付き合って手篭めにするだけだ。


中庭から自室に戻る途中だ。確か犬塚キューマという男と、時縞ハルトがそこに立ちふさがる。茂みの影にいたやつらはほぼ9割の確率で彼らである。そうでなければこんな風にたち塞ふさがるはずはないのだ。

「おい、
「草むらから覗くなんてとってもよい趣味をおもちで、犬塚キューマ先輩。それに時縞ハルトくんも」
「お前どういうつもりなんだ、一体何が目的だ」
「何って言われても、保身もできない弱い人とは付き合えないわ。わたしと付き合うって、今のあなたたちにとっては自殺宣言と同じよ」
「元々そんな気ないなら、こないだみたいな事は絶対言うなよ!」
「あれは原因がエルエルフにあるわ、わたしの責任はほとんどない。そもそもあいつが勝手なことばかりするからいけないのよ、わたしだって色々やらなきゃならないこともあったのに辺境の孤立国家に連れて来られてちょっと迷惑してるんだからね!」
「やらなきゃならないことってなんだよ」
「それは機密事項よ」
「俺たちには言えないとこで色々コソコソしてんだな」
犬塚キューマが顔をしかめる。なぜ彼がここにきて不機嫌さを露わにしているのかわたしにはまるで理解できないが、唯一考えられるのは、恐らく先の告白してきた男子生徒。あれが友人であったという確率が高い。ジオール人は情に熱い。やたらと突っかかってくる彼らは、わたしたちにとってわからないことだらけだ。

「そんなの当たり前じゃない」
わたしを誰だと思ってるのだろう。泣く子も心停止によって強制的に黙らせる冷血無比絶対零度の軍の犬。殺戮人形ファウツヴァイだ。それはいいすぎにしろ、内側からスパイ活動し諜報部員として活躍するという頭脳がわたしのチャームポイントであり、そもそものホームグラウンドである。殺しは二の次であるのにこの言われよう。酷いものだ。と、話が逸れたらしい。

「わたしの事があなたたちに分かることなんて、きっと今後一切ないと思うわ」
へらりと笑う。じゃあね、と彼の横を通り過ぎようとすれば案の定と言うべきか制止がはいる。右手をわたしの前に出し、こちらを睨みつけている。まるで殺気がない。そんなチョロい制止で止められるはずもないのに。

「まだ話は終わってない!」
「わたしは話すことなんてなにもないわ。そもそも何がいけないの? あなたは何を望んでたの? 何が不服なの? わたしが告白された全員と付き合ってあげたらよかったとでもいうのかしら、」
「…ぐ、…違う、そうじゃないんだ、ただ」
「……言わなくても分かるわ、でもわたしはそんな報われない結末は御免よ。もしここにわたし以外の、わたしの仲間が来ていたらそうは考えなかったかもしれないけどね。奴らなら全員と付き合うだろうし。でも、あいにくわたしはうさぎみたいに年中発情できないし、愛のない行為にはわりと反対なの。だってそうでしょ? せめて愛した人と結ばれたいじゃない」

じゃあね先輩、よい恋を。なんて彼の力ない右手を押しのけて前に進む。彼の意図したこと、理屈はわかっても理解はできなかった。