そう、今日は銃の音が激しい。騒がしい、と顔をしかめれば珍しい客がそこにいた。エルエルフだ。そして、後ろからついてくるようにして時縞ハルト。よくここまできたものだ、とわたしは口元を緩めた。
ARUSに拘束されてからというもの、この部屋から一歩も出られず、両手を鎖で繋がれ、脚には鎖で繋がれた何百キロかわからない鉛玉をつけられ、歩くこともままならないようにみえる。衣食住の提供を引き換えに自由を奪われているふりをしているのだ。そう、一見すればかよわい少女が可愛らしい天蓋付きベッドの上でこの部屋から出られなくて憂いているように見えるが、残念なことにわたしたちは普通ではない。カルルスタイン出身の特務部隊、いわばプロフェッショナルだ。こんな状況など打破の仕方はいくらでも見つかるし、抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる。ただわたしがそうしないのはこちらの方が、わたしにとって情報収集という一点においてかなり有益だと判断したからにほかならない。
しかし彼が来たということは、可愛らしくか弱い少女は終わりを告げたのだ。白く美しいワンピースも、丁寧に白いリボンで結われた髪型も、まるでバレリーナみたいなリボンの靴も、ここを出るときには、恐らく。

…いや、ファウツヴァイ」
「珍しいお客様ですね」
「御託は後だ。よく聞け、俺と革命をおこさないか」
へぇ、そうくるか。わたしは少しばかり口角をあげる。「エルエルフ! …はやくを助けて逃げないと、敵に見つかっちゃうよ!」
「そんな心配はない」
「ど、どういうこと?」
「あと3分ある。お前と話している時間はない、時縞ハルト」
キッと時縞ハルトをエルエルフが一瞬睨みつけ、睨みつけられた彼は怯む。かちゃりと安全装置をはずす聞き慣れた音がして、いつものように彼は銃を構えていた。

「お前の力が必要だ、協力しろファウツヴァイ」
銃を突きつけられ拘束を外せと無言の視線が飛んでくる。時縞ハルトがそんなエルエルフを見て少しばかり取り乱した。「君は誰にでも銃を向けるのか!」彼は怒っているようだが、銃を向けるのは間違った判断ではない。何故ならわたしがいつ拘束を解き、ドルシア軍人として彼を始末してしまわないとも限らないからである。

「別に銃を向けられようが構わないわ時縞ハルトくん、だってそれはわたしと交渉が決裂したときの保険だもの」
彼はいつも先を読む。わたしがここから抜け出そうとすれば抜け出せることも、きっと計算のうちだ。なぜとっとと逃げなかったのかも、恐らくは計算済みだろう。把握されている状態での交戦は、わたしにかなり不利な状況であった。場合によってはきっと、いや確実に彼はわたしを殺すだろう。恐らく、彼の確立は5、6割。いや、条件によっては8割だ。下手な勝負だがあながち的は外れてないあたり、用意の周到な奴である。改めて敵になると恐ろしい奴だと感服した。それにしてもである。

「わたしにも裏切れと話を持ちかけるなんて残酷ね。でも貴方とはできれば敵対したくない、条件次第で譲歩するわ」
「お前の情報収集能力は俺の知る限りの仲間の中でずば抜けて高いのは知っている。このジオールではお前の存在は確実に必要だ」
「それが目的でARUSにまで喧嘩ふっかけてるんでしょう? こうしてわたしなんかをわざわざ助けるって形で。しなくてもいい喧嘩だと思わない? まぁ、こうなってしまった以上あなたの手の平の上なんだろうし別にどっちでもいいけどね、抜け出そうと思えばそうできるもの」
「来い、戯言を言っている場合じゃないことはお前が一番わかってるだろうファウツヴァイ。俺とともに来るならヴァルヴレイヴの情報をお前に渡す」
ほお、そうくるか。わたしの目がすこしばかり驚きで見開かれる。時縞ハルトは「なに言ってるんだ!」とかなんとか言っているみたいだけど。恐らくエルエルフが言うのならある程度の情報は期待できるというわけだ。面白い。交渉成立だ。
わたしはゆっくりと立ち上がる。かちゃり、と地面に外した手枷と足枷が虚しく転がった。驚く時縞ハルトだが、わたしは腕がなまっていないかどうかが心配であった。手首をくるくる回すわたしにエルエルフが銃を投げてよこす。そちらを見ることなく感覚を機能させながらそれを右手で受けとって流れで弾を確認する。全弾こもっていたところを見れば、成る程もとからそのつもりだったらしい。わたしにも戦えと。

「もうちょっとここでぬくぬく情報収集もいいかとおもってたんだけど、失敗だったわ。貴方がくる予感はしてた。…あー遅かれ早かれ時間の問題ではあったけどある程度のことは予想通りだったわ。わたしの予想よりもちょっとばかり早かっただけね。それも計算のうちかもしれないけど。ああ、そうそう。ここの兵は頭の回らない奴ばかりね」
もう少し人事は考えたほうがいいわ、捕虜と関係する人物なんかは特にね。参考になった?と小首を傾げて彼に問えばそんなことは分かりきっている、と可愛くない返答が帰ってきた。エルエルフがわたしを引き寄せて頭に銃を突きつけた。これも作戦なんだろうか? 確かに敵を巻くには人質は有益だろうが捕虜もいけるのか?

いたぞ、捕虜を人質にとられている! わたしの疑問もなんのその。ARUS兵のそんな声が響く。本当にエルエルフはすごい。わたしは後ろの顔だけ美人を睨みつけた。くそ、悔しい。

「ファウツヴァイ、コード7だ。援護しろ」
「はいはいお嬢様。心得ておりますよ」
ハルトくん、怪我しないようについて来て。とわたしはにこりと笑って声をかけた。「心配いらないよ、エルエルフが戦闘力10ならわたしは8くらいなら戦闘力あるからさ」