※Re:ハマトラ終了後のヒロインとアートとノーウェア前編




 ふらりと彼女は戻ってきた。
 前触れもなく、そしてそよ風のように普通にノーウェアの戸を潜って、「マスター、コーヒー」なんて言いながらカウンターに座った。そして唖然とする俺達をよそに彼女はコーヒーのなかに砂糖を何個も何個もいれて砂糖をそのままのんでいるんじゃないかと思われるどろどろのコーヒーを啜る。スプーンでかき混ぜたときにジャリジャリ音の出るそれはもはやコーヒーと呼ぶには程遠い飲み物となっていた。その砂糖の塊のような飲み物をこくこくと喉を鳴らして飲みながら、彼女ははぁ、と一息つく。一連の動作があまりにも普通すぎて、俺たちはしばらく無言だったがふと我に返ったレシオはどん、と席を立ちあがりつかつかとに詰め寄った。彼女の肩を両手で力強くつかみ、片方しか見えていない眼を鋭くさせて彼女をにらむ。まさしく鬼のような形相のレシオにひるむわけでもなくはただ淡々とした目で彼を見つめていた。否、観察していたといったほうが状況的に適切であるのかもしれない。

 「おい。どこにいた、答えろ」
 「いいえ、黙秘するわ」
 「ふらっと消えたかと思って俺たちが、どれだけお前のことを心配したか…ッ!」
 「殺されたんじゃないかって、心配した」
 詰め寄られたが少しだけ顔を伏せてしゅんとしおらしくなる。

 「ごめん」
 「そうじゃなくて、もっと言うことあるんじゃないか」
 「そうかもしれないわね」彼女はそう言うとレシオに向き直る。「まずミニマム副作用の件は、わたしも解決したわ。長年のなにかがわたしにそっと魔法をかけたのよ。なんだかすっかり治ったわ。何故かしらね、でも変な感じがするわ」

 「……ええと、そうだったわね。まず謝罪だわ。あなたたちにはとても悪かったと思っている。それでもわたしにはそれが必要だったの。誰にも分らない場所で、機械と向き合いながら天才ハッカーと戯れてやる時間が、ちょっとだけ欲しかった。わかるわよね、あの花屋の女よ。わたしにとってはアイツ、とっても嫌な奴だったけど情報を掴んでいる彼女の頭の中を覗き見る必要性があった。そのためにアートのミニマムひとつ借りたわ。それでどんな副作用が出ようともかまわなかった。ただアイツの脳が覗き見れなければ意味はなかったから。それでも彼女からは必要以上の情報は何も知ることはできなかった。そう。知ることでわたしが自己満足に浸りたかっただけね。徒労に終わってしまった。これってとっても無意味な欲望だわ。それでも過去を暴かなければならないと、過去のわたしが呼んでいた。行かなければならないと、わたしの全力をつくさなければならないと。なぜベストを尽くさないのか、とね」
 くるくると髪を弄びながら、彼女はコーヒーだったものを啜った。
 
 「ま、結局のところわたしの癖がばれてて、うっかりアートに見つかって襲われちゃったんだけど」
 「うッ…! また君は誤解ばかり生む言い方を…!」
 「ふん、わたしを一瞬でも能無しにした罪は重いわ。わたしの手となり足となってせいぜい優秀に働くことね」

 「ヒュウ! アートの旦那も隅におけないねぇ……ねぇ?レシオちゃーん」
 「バースデイ、お前はこの場で塵になるか」
 「えっなにそれ怖い」

 「…ホント、痴話喧嘩は他所でやってくれないかしら」
 ワイワイ言い合いを始めたとアートを見て、ハニーが盛大にため息をついた。



(20141223)欲しかったのは小指です