ムラサキと顔を見合わせる。情報屋に問い詰めて、ようやくたどり着いたビルは、まさしく廃ビルであった。こんなところにだれか住んでいるのか、との疑問はあったが忍び込んでみれば、電気は通っているようだ。彼女は中にいるのか、ごくりと唾をのみ、敵地へ潜入する。 結果からして、彼女はいなかった。もぬけの殻。ただしここにいたことは確かだった。他の場所に根城を移しているのだろう。それまでそこにあったとおもわれる家具から起こった変色、腐敗、パソコンの跡だろうか。誰かがここで居住していたのは間違いなかった。しかしそこには何もかも、存在はしていなかった。家具もパソコンも、ディスプレイも。そして髪の毛一本すらも。おそらく指紋すら残っていないのかもしれない。彼女は徹底的に自分がここにいたという証拠を消し去っていた。異常なほどに。そしてその異常さが彼女がここにいたという証拠でもあった。 ただひとつ、ここにきての収穫があった。 ひとつだけ、わざとらしく置いてあったUSB。そこにはいっていたテキストファイルは、何かの暗号が書かれていたが今の俺達にはわからなかった。ただ俺には俺たちに見つけられるためにそこにあったかのように思えて、おそらくこれはアイツからの挑戦だ。わたしを見つけろ、と暗号化されたファイル名に挑発された気もして俺は少しだけ躍起になっていたのかもしれない。 あと、蛇足。ミニマム機関からの連絡はにもきていたらしい。そもそも連絡は、なぜ入学していない彼女に、いやそれよりも先に入学の勧めが来るんじゃないのだろうか。というのが通常の疑問。彼女にあこがれ身を滅ぼした奴が何人いようとかまわないが、何故彼女は… 翌日、俺は依頼を受ける気になれずに依然について捜索していた。ここまでに分かった事実は、おそらく彼女自身も知っているであろう事実でしかない。この先一体何があるというのだ。彼女は何をしていたのだ、何をすれば世界の理のように存在が秘匿されてしまうのだろうか。あの暗号文は。 「」 フリーの件の後、ミニマムの情報が世間に公になってからというものの、彼女はといえば全くと言っていいほど消息を絶っていた。ますます情報が錯綜し、そして噂の中心である彼女は依然消息が不明である。今から行くから、とアートの元を訪れても彼は不在でブラックコーヒーのみが存在している。まさかかと思ったが彼女もアートも甘党なのだ。それはあり得ない。揺れる真っ黒なコスモスに不穏を感じ俺は推測を重ねて可能性を引き当てる。 彼しかいないのだ。 |