は消えた。アートも連絡は取れない。 が消えようが俺にとっては何にも関係はないが、これは彼女との賭けだった。 少し前電話に出てからまったく連絡のつかないアートはどこにいるのかわからない。仕事が忙しいのか、はたまたコネコの言う通り俺に非があるのか。彼女からも先の連絡のあと、コネコのところに依頼のメールが来たらしいがそれ以来全く音沙汰がないという。ノーウェアにも顔を出していないとなると全力で自宅警備員かそれに近いことをしているのか。ただ、彼女の自宅は捜索しても全くわからない。横濱市内のネットカフェ・ネットの使える施設、漫画喫茶、彼女の行きそうな場所、高校すら捜索したが、高校で相当の知名度があるにもかかわらず彼女の自宅を知る者は一人としていなかった。 「わたしのこと、全部暴けたら今後ハマトラ事務所のノーウェアにおける事務所月額占領代金はわたしから出すわ。依頼料として今後ハマトラが存在する限りわたしの口座から振り込む。そうね、ちょっと安いかもしれないけど、あなたにとってもわたしにとっても悪い話じゃないと思うわ。調べてほしいの、わたしのこと。でも、深入りしすぎないことね。本当に塵になるかもしれないから」 そこまで言って彼女は少し考えて最後の部分を訂正した。「いいえ、違うわ。塵も残らないかもしれないわね。わたしの今まで調べてきた感覚からする直観だけど」 「もしかしたらわたしがすべてを知ったとき、生きてはいないかもしれない。それでも人の探求心ってこわいのね、わたしがもともと科学者気質なのかしら。両親もおそらく科学者か何かだったのだとおもうわ。だとしなければわたしがこんなに機械の扱いに優れているわけはないし、機械が生まれてすぐ目の届く範囲にあってパソコンを操作することを物心つく前からできるはずがないもの。わたしにわかる両親のことはこれだけ。後の記憶は全くないわ。ノー資料、ノーヒント、ほとんどが秘匿された情報の中でどれが真実でどれが虚であるかを取捨選択しながらの推理になる。巻き込むことに一握の不安はあるわ。それでもなんだかあなたなら解決してくれそうな気がしたのよね、お手軽な荷物運ぶみたいにパパッと案外簡単だななんて言いながら…いや、あなたはそういう鼻にかけたような言い方はしないわね。別にこんなことどうだってないって顔でいつだってそつなくこなしてくるんだもの、やっぱり天才だわ」 「あ、そんなことが言いたいんじゃないんだった」俺は不機嫌な顔だったと思う。彼女もそれを汲んだんだ。「アートのことなんだけど」 彼女はその依頼の途中も、電話の向こうでなにか甘いお菓子でも食べてたんだと思う。俺は適当に相槌を打っていただけだったが少し真面目に彼女の話に聞き耳を立てる。 「ごめん、この依頼さ、最初は彼にしたんだ。わたしが捜査に協力してあげるかわりに警察内部に情報が漏れてないか、調べてくれないかって。内部からの事情調査とか口コミとかそういうのにちょっとだけ賭けてみたんだけど、音沙汰がある前にアートの連絡がとれないの。もしかしたら彼なにか掴んだのかも」 「ともあれ、こうなったのはちょっと監視不行き届きだったわたしの責任だからさ、罪悪感があるでしょ。隠匿された闇、異常記憶、失われた過去、何かあるはずなのに掴もうとすれば消える。なにもかも、人も、記憶も、思い出も。わたし、アートには恩があるから、全力で助けなきゃいけない。そのためには、あなたの手だって借りるわ。いかんせんあなたのこと、ちょっとだけ気に食わないけどね」 それでも、あなたなら信頼できるから。 彼女は珍しく真剣に俺に頼んだ。あなたしかいないの、お願い。 「わたしの友達助けるまでの暇つぶしでいいわ、ナイス君。お願いされてくれないかしら」 なんだかんだ言って美少女がこんなこと言ってきたら頼まれてやらない訳にはいかない。ポリポリと頭を抱えて、もうひとりの天才が少し投げ出した匙に手を伸ばす。 別にのためじゃない、俺はアートに謝んなきゃならねぇんだ。 |