とん、と肩を叩かれる。「えっと…アート、警視さん? こんなところで偶然ですね」 「君に聞きたいことがあるんだけど、ちょっと時間いいかな?」 「ええ、別にかまわない…ですけど…その様子だと偶然ってわけじゃないみたい、ですね」 「じゃ、僕についてきてもらってもいいかな? 近くにおいしいケーキ屋さんがあってね」 にこり、と手を差し出して笑う彼の手をとって、エスコートしてくれる彼の隣を歩く。 近くのオシャレなケーキ屋さんに来て適当に注文を済ませたわたしに彼は「本題に入るけど」と机に肘をついた。早々にウエイトレスが運んできた紅茶に砂糖を入れてくるくるとティースプーンをまわしながら、彼はにこりと笑った。 「君には、ミニマム以外にすごい特技があると聞いたんだけれど…」 「いいえ、わたしには警視さんの言うようなすごい特技なんてありませんよ」 「フォトグラフィックメモリー。聞き覚えがあるんじゃないかな? 、君は見た風景全てを写真に撮ったかのように鮮明に記憶できると聞いた。読んだ本の内容もどの言葉がどのページにかいてあるのかも。そこの階段が何段あって、ここにくるまでに何度左右に曲がってきたのかも、何歩くらい歩いたかということも。それからここに来るまでに何人すれ違ったかということも。質問すれば君はそれを全部答えられるくらい、正確に覚えているんだろう?」 「……あー…まだそれ、あの人たちに内緒にしてたんだけどな。ねえ警視、こんな事件に関係のない…何の変哲もない女子高生のこと、よく調べましたね。あの路地裏の情報屋にでも袖の下を渡して聞きましたか?」 目線を鋭くして彼をにらめば、はぁ、と目の前のアート刑事はため息をついた。要するに何が言いたいのかと言えばきっとこうだ。手伝ってくれ。いつだってそうだ。わたしは利用され、そして利用してきた。因果応報ってやつなのかもしれない。結局はすべてつながってしまうのだ。 「……やっぱり警戒させちゃったかな…君に手伝ってほしいことがあるんだけど、もしよかったら僕に協力してほしい。、君さえよければ僕についてきてくれないか」 「事件ですか?」 「まあそんなとこかな…調べてほしいことと君に記憶していてほしい事があるんだ。少し込み入った事情があってここでは話しづらい内容なんだけど…詳しくはまた折り入って連絡するよ」 「調べてほしいこと、とは」 「ちょっと忍び込みづらいところに入ってほしくてね…君はクラックも得意だそうじゃないか…」 「…ふぅ、なんでもお見通しなんですね。できるだけ足がつかないようにはしてるんですけど。……ねぇ、わたしのこと捕まえますか?」 「さぁ、君の答え次第かな」 「まるで誘導尋問ですね、警視さん。ねぇ、あなたらしくもないですよ」 「いやならいいんだ、でも僕はまだ君を捕まえたくはない。一般人の君の手も借りたくなるくらい僕も追いつめられてるってことかな」 「まったく、そんなカッコいいこと警視さんに言われちゃったら、協力せざるをえないじゃないですか」 お待たせいたしましたぁ、とかわいらしいバスケットにはいったケーキが運ばれてきて、わたしはもぐもぐとそれをほおばる。 「はぁ、最低限の荷物はあなたの部屋に運ばせていただきますが」 「…僕の部屋?」 「…わたしに協力を仰いでおきながら、なにか疑問が? どうせ家なんて寝ること以外に使っていないんでしょう、そんなあなたの部屋に居を構えることに何か問題でも? 調べていたのならそれくらいのことは予想済みだと考えていましたが違いましたか、ねぇアート警視」 「いや…別に…えっと、でもそれだと君の都合は」 「これがわたしに依頼する代償ですよ。衣食住は提供してください、その代わりにあなたの都合が済むまでわたしはあなたに付き従います。依頼料は前払いで。これで逃げられないし逃げもできないでしょう?」 「全く、君には恐れ入るよ。ブラックベリーの異名を持つプロクラッカーがこんな女子高生なんてね」 「それはどうも、警視さん。じゃあここのケーキ、前金として受け取っておきますよ。あと今日の夕方には荷物が届くと思います。それまであなたの家で自宅待機させていただきますので何か御用があればご相談くださいね、アート警視さん」 「お安いご相談ですよ、かわいいお嬢さん」 |