少女はと名乗った。 危険すぎる少女を放置するわけにもいかず、警察に突き出して先ほどのような事態を招くわけにもいかず、ましてや病院に連れていくこともはばかられて結果自宅で治療する形をとったものの、彼女は極度の貧血状態であった。そう、通常であれば失神しているレベルの貧血状態。意識を保っているのが異常であるくらいには血液を失っていた。彼女に問いかけても首を横に振るだけで何も言おうとしないが、彼女から滴る鮮血は止血処理をしたのにもかかわらず、ほとんど止まっていなかった。腕を拘束しベッドに座らせたは貧血のせいか顔色が悪かったが眼の色は先ほどの赤とうってかわって、灰色をしている。非常に興味深かった。すでにまいてやった包帯が赤黒い。 「なぜこんな時間にあんな場所に」 「取引」 「なんの取引だ」 「それは内緒」 「何故だ」 無言でぷい、とは視線を逸らした。彼女との会話は非常に淡々としていた。必要な言葉しか喋らないようにしているのか、もともとこういった喋り方しかできない奴なのか。ため息をついて、頭を抱えながら俺は質問を変える。「、出血が止まらないのは何故だ」 「知らない、いつもは舐めたら治るの」俺の沈黙を疑惑ととった彼女はいまだ滴る血液を眺めた。「本当よ?」 俺は仕方なく拘束を解いた。すでに巻いた意味をなさないほどに白い部分のない包帯を解き始める。これ以上出血されては、本当に彼女が出血死しかねないと判断したのだ。そのまま拘束と包帯を解かれた彼女は猫のように傷口を舐める。するとどうだろうか。さきほどまで腕をえぐったような傷跡があったそこには、傷跡すら残っておらず綺麗さっぱり傷跡そのものが消え去っているではないか…! おもわずレシオは少女の腕をつかんでいた。いたいいたい、と少女が胸倉をたたいているが、その時のレシオには何も耳に入らず、ただただその驚異を見つめていた。 「これがお前のミニマムか?」 「ミニマム? なにそれ、超能力?」 ミニマムを知らずにミニマムを使いこなしている少女。わが耳を疑いかけたレシオであったが、本当に知らないのか、と念を押しても少女は首を横に振った。 「能力はいつ発動した?」 「さぁ? 使ってるときは、記憶とんでて……」 そのときくらりと少女が後ろにバランスを崩し、ベッドにぽすんとなだれ込んだ。レシオが大丈夫か、と声をかけながら少女の脈をとろうとすれば、急に天地が逆になった。いつの間にか少女に押し倒されている。少女にしてはすごい力で、腕が拘束されている。抵抗してもびくともしない腕に、レシオは息をのんだ。自分は殺される? こんな少女相手にミニマムすら使う余裕がなかった。完全に油断しきっていたのだ。目の前の人物が危険であるとわかっていながら、少しの油断で隙を突かれた。 「ちょっと血を、流しすぎちゃったかなぁ」ケラケラとわらう彼女は先ほどの落ち着き払った彼女とは眼の色が変わっていた。真っ赤な赤色。 そこでレシオは推測する。(多重人格者の内の一人格にミニマムを使っている人格が存在する?)そこまで考えて飛躍しすぎではないかと首を振る。いや、そんなことは。でも先ほどまでの態度との豹変、彼女の失血による気絶と、ミニマムを使っている際に起こる本人の記憶障害。眼の色の変化に伴う性格の急激な変化。一見すれば情緒不安定にも見えるがもしやという可能性のほうが高いのではないだろうか。 いぶかしげに眉をひそめたレシオにはつまらなさそうにため息をついた。「ねえ、せっかくなんだし楽しもうよおにいさん」 「貴様、先ほどまでのとは別人か…?」 「やーだなぁ、ぜんぶ揃ってわたしだよ! おにいさんおいしいからさ、もいっかいちょっとご馳走になるね。こうなったのもおにいさんの自業自得ってやつだしさ」 「…! おい! 待て…!」 最後まで言わぬうちに、かぷり、とレシオの首筋に熱い痛みが走った。 |