ぶらぶらと廊下を歩いていればはたと見知らぬ場所についた。はてここはどこだっただろうかと首をかしげても答える者はおらず、今が昼休憩だったことを幸いに私に気を止めるものは少ない。プレートを見れば見知らぬ廊下である。はてさて、私は今さっき苗木君と共に購買部に向かったと言うのに、どうしてわたし一人はここにきてしまったのだろう。こんな広い校舎だから迷うのは仕方ないにしても、ここはどこだろうかと迷うのは一度や二度ではなかった。きょろきょろとあたりを見回してみるけれども苗木君の姿は見当たらない。

 苗木君は一体どこへ行ったのだろうかと歩を進めていれば見知らぬ教室に辿り着く。ここの教室の人に聞いたらもしかしたら購買部の場所が分かるかもしれない。そんな結論に辿り着いた私は臆せず、がらがら、とその教室のドアを開ける。ばしりばしり、と視線が突き刺さるような気もしたがまあいい。今日の私は寛容である。ふむ、と教室をぐるりと見渡してここは購買部ではないな、と確認をしたところで一番近くに座っている人物に声をかけることにした。どうやら男子生徒らしい。あらかじめ断っておくが私は彼には面識は全くないが、道を尋ねる権利はある。


 「君、購買部はどこにあるか知らないか?」
 「え、あ…!? え!? なんでここにがいるんだ!?」
 「…ふむ、いかにも私はだがそれがどうかしたのか? 購買部はどちらかと聞いているんだがどちらにあるかね?」
 ざわり、と教室の空気が揺れる。そんなことはまあいい。しかし私の質問に対して答えないと言うのはどの口がそういうのだ。少し気分を害した私ではあるがこんな事でめげている場合ではなかった。ふん、こんな男に聞かずとも道は自ずと開けるに違いない。そう私が思って失礼すると言いかけた瞬間に「こんなところにいた!」 と苗木君が息を切らせながら走ってきた。今まさに道は開けた。私はすこぶる機嫌がよくなった。人間という者はつくづく単純にできているものである。

 「…さん、急にどこかにいなくなっちゃうから探したんだよ」
 「わあ! よかった、苗木君じゃないかどこへ行っていたんだい? 君が迷子になってしまったから私まで迷子になってしまったじゃないかと思ってこの人に購買部までの道を尋ねていたところだったんだよ! 君が来てくれて本当によかった! ありがとう、これで私のクリームメロンパンが買えるよっ!」そして私は結局私の名前しか答えてはくれなかった男子生徒に向き直る。「君もよくわからないがありがとう、君と話したおかげで苗木君が見つかったよ!」
 苗木君が何事か呟いていたが、私には聞こえなかった。上機嫌な私は、ぶんぶんとその男子生徒の手握って上下にシェイクした後に、じゃあねと彼に手を振って今度こそ苗木君を見失わないように苗木くんの後姿を認識しながら後に続く。と、後ろからとんでもない音量の声という声が響いてきたではないか。なんだなんだと振り返れば一様に皆こちらを見ていた。気持ちの悪いくらいにこちらをじっとりと見識するように見るその視線にぞわり、と私の中の警鐘が鳴る。なんなのだろう、この妙な視線は。まるで視線が体中を這いまわるように不快だ。
 「苗木君、なんだかちょっとヤバーい気がするけれどこれは気のせいではないね?」
 「えっと、多分なんだけど……ちょっと目立ちすぎちゃったかな?」
 「よし少し早足でいこう苗木君。私はちょっとここにいるのは息苦しいよ」
 「あっ、またさんはそう言って逆方向に行っちゃだめだよ! 購買部はこっちだからね…!」
 そして腕を引っ張られながら私は苗木君と共に購買部へとたどり着くことができたのだが、これは全く本当に骨の折れる作業だという事が分かった。なにしろこんなにも時間がかかってしまうなんて予想外だからだ。しかし実験には失敗はつきものである。他の可能性があるのならば同じことだとしても何度でも繰り返せばいいだけなのだから。さて、無事に購買部までたどり着いた私は、無事にクリームメロンパンを10個買う事も出来て、袋一杯のメロンパンを一つ取り出して頬張りながら廊下を歩いている。きっとこんな所を石丸君にでも見られたりでもしたらまたどやされるんだろうなぁ、と思いながらもこの甘美なるパンを食べかけで放置するなんてできるはずはなかった。というか私はお腹が空いているのでこれは致し方ない行為なのだ。


 「さん歩きながら食べるからほっぺたにも口の周りにもクリームがついてるけど…って…本人はあんまり気にしてないみたいだな…」
 「ん? 苗木君何か言ったかな?」
 くりん、と私が歩きながら振り返れば苗木君は驚いたように口を押えた。私はもごもごとしながら苗木君を見つめている。
 「えっ、声に出てた…? ええと、そのクリームがさ…なんていうか口の周りについてるんだけど…」
 「苗木君の口には何もついてないみたいだよ?」
 「そ、そうじゃなくて…さんの口のまわりについてるんだよ」
 「ん、そっか」ごしごし、と服の袖で拭えば、苗木君はあからさまに呆れたような引きつった顔になる。「うに? どうかした?」
 「ど、どうかした? じゃないよ! さん…こういう時は、服じゃなくてハンカチを使った方がいいんじゃないかな? ほら、僕がちょうど持ってるからさ。持ってないならこれを使ってよ」
 苗木君は焦ったように自分のパーカーからハンカチを取り出すと私にくれてよこした。さすが苗木君はできた男だなぁ、誰かさんとはとっても大違いだと思いながらその厚意をありがたく受け取る事にする。誰かさんがくしゃみをしていたことはきっと言うまでもない。絶対にくしゃみをしている。くしゃみしろ十神! ふむ、論点がずれてしまったようだ。


 「ありがと! 感謝するよ苗木君」
 「どういたしまして」
 「お礼にこのクリームメロンパンをあげるね」
 ありがとうと受け取る苗木君はへらりといつも通りの困ったような笑顔を浮かべてパンいかじりついた。


 (そして石丸君の大目玉を二人して喰らうのだ)
















()(20120907:お題ソザイそざい素材