「やべーんじゃねーの、何で誰も止めなかったんだよ、石丸のアレ」 「兄弟の奴はそりゃあ怒ってたな、アレは」 桑田と大和田がちらりと目配せをする。やばいな、とその空気は如実にそれを物語っているが、二人でわざわざ教室を出て行ったということは、おおよそここでは話し辛い内容なのだろう。重たい話ならば、二人で話した方が彼らのため。そう思った大和田は心配をしながらも、こうして教室に留まっていた。他のメンバーもちらほらいるものの、彼らを追うような野暮な真似をするような人物はここにはまだいない。まあ、ここに居ないメンバーの動向は全く知らないが。 ただ、一人だけその話題にはぁはぁと息づかいを荒くする山田が乗っかった。 「こうして始まる天才と秀才の恋…これはいい同人誌が描けそうですなぁ…」 「失せろビチクソがァ! 誰もアンタの意見なんて聞いちゃいねーんだよ!」 「テメー、俺の兄弟を愚弄するならただじゃおかねェぞ…」 「ひぃいいいん! 多恵子殿も大和田殿もご勘弁を…! お命だけは…どうか、どうかお助け下さいッ!」 ぴきぴきと血管の浮き出るセレスと大和田を見て恐れおののいた山田はぱたぱたと廊下を駆けていく。それを途中まで追いかけた大和田が教室のドアの前で立ち止まり、ドアを叩いて苛立ちながら自分の席まで戻ると椅子にどしんと腰掛けた。 「…気になってイライラしてきちまったじゃねーか…、そりゃ兄弟のことだ…女に手をあげるなんてこたァねーと思うがよォ…」 「でもよー、ちゃんって意外と真面目そうに見えて案外授業サボってんだよな…石丸が言ってたけどよ、出席率もそんなにーって感じらしいし、さっきまで教室にいたと思ったらこの間なんて庭園にいたしな!」 ケラケラと笑う桑田に、苗木がええと、と口を開く。 「…もしかして、……まさかとは思うけど、その時は桑田君も一緒にサボってたの?」 「俺の占いは3割当たるべ! 確実にその日は二人ともサボってた!」 「あぁ!? なんか文句でもあんのか!? 苗木に言われたくねーよこのアホ!」 全く騒がしいですわね、とその喧噪をため息をつきながらセレスが一蹴する。 「そんなにあの二人が気になるのなら見に行けばどうです? もっとも、あの二人では先程の山田君の言うような色恋沙汰のようなことは絶対に無いと言い切れますがね…そもそもさんには十神君という名ばかりの許嫁様がいらっしゃるわけですし。なんなら皆さんと賭け事をしてもかまいませんのよ」 おほほ、と笑うセレスに霧切が賛同する。 「そうね、石丸君がそう言うことをするような人には思えないし、ただいつものお説教やお小言を並べるためにちょっと込み入ったような事情を話さなければいけないとか…ここを離れたのはそう言う理由なんじゃないかしら?」 「お、おう、まあ考えて見りゃそーだよなァ。でもよ、あの兄弟の怒り方は尋常じゃなかったみたいだぜ? あんな怒ったような追い詰められたような顔見たことなかったけどよ…」 「まあ何かしら彼なりの理由があるんでしょうね…『僕は天才とは相容れない存在であることに間違いはない』。石丸君はさんに対してそう言っていたわ。そこから考えてみれば事情は粗方掴むことが出来る。でも私が解き明かしてしまっては彼の立つ瀬はないし彼の為に黙っておく事にするわ」 そうして霧切が教室を後にする。どこいくんだよ、と大和田が引き留めるが、彼女はトイレに行くのにアナタの許可がいるかしら、と教室を出て行く。皆が黙ってそれを見送った後に大和田の標的は別の人物へと映った。 「苗木」 「な、何かな、大和田君?」 「テメーは兄弟の秘密をしゃべったりするような奴じゃあねーよなァ」 「え? うん…口は堅いほうだと思うけど…」 何事か不振な空気を感じ取る苗木は、急に肩を組んできた大和田に少しだけとまどった。「行くぞ」 「え? 行くってどこに行くの大和田君?」 「話の流れから決まってンだろ、兄弟の所だよ」 「でも大和田君、石丸君はどこに行ったか分かるの?」 「・・・・・・そりゃ、人気のないところだろ」 つまり分からないと言うことらしいというのは明白だが、苗木は「来るよな?」と凄まれ断り切れずに頷いた。大和田にひきずられるような形で怪しまれながらも教室を出た二人は、廊下に出て人気のない場所はどこだろうかを階段を上ったり下りたりしながら出て行った達の姿を探した。少し経った頃、偶然にも普段使わない廊下から人の声が響いてくる。(あれは石丸君と、さんだ。どうやらすごい口論みたいだけど…大丈夫かな?)苗木がちょんちょんと大和田の服を引っ張れば、大和田が「いたか、」と声を潜めて言った。苗木はこくりと頷く。 「ここからじゃ良く聞こえねーな…」 「いや、盗み聞きするために来たわけじゃ…ないよね?」 「そ、そりゃ、当ったりめーだろ…、兄弟のことだ…心配してきたに決まってんだろーがッ…!」 こっそりと柱の陰から二人の様子をのぞくが、少し遠すぎてここからでは良く聞こえない。「もう少し近づくか…」と大和田が素早く足音を立てないように近い方の壁に移動した。お前も来い、と口パクで睨まれて苗木も慌ててその後を追う。命がいくらあっても足りないよ、と思いながら苗木が聞いたのはの珍しく照れたような声だった。のぞき込めばの顔は少し朱に染まっているようだ。背中を向けている石丸の表情は見えない。(どういう展開!?)と苗木は思って大和田に目配せするが、大和田も訳が分からないと言ったように首を振る。なにがあったのだろうか皆目検討は付かない。ただひとつ、山田の言ったことがあながちはずれても居なさそうな所に、二人はごくりと固唾をのんで見守った。 「……え……その、」 「……どうしたんだ君………………………熱でも…」 そんなに熱くはないようだなと石丸がの額に触れる。思わずばっと大和田と共に壁に隠れた。えっと、の言いよどむような声が聞こえてくる。肝心なところが全く聞こえてこなかったりするので大和田と苗木には飛び飛びにしか会話は聞こえてこない。 「オイ苗木……どういう事だ…? …まさかあんな事を言いながらもの奴はマジで兄弟のことが…す…す…すすす……ッ!」 「ちょ、ちょっとおちついて大和田君! さんが何か話してるみたいだけど…」 「お、おう……悪ィ…」 そしてまたこっそりと壁から少しだけ顔を出す。やはりはいつもの覇気はなく、もじもじとしているようだ。なんだか肝心なことを色々と聞きそびれた気がする苗木だったが、果たしてこんな事をしていいのかという思いと、本当にさんは石丸君のことが好きなのだろうかという少しの好奇心にふわふわと揺り動かされていた。(だ、駄目だけど…そう言われると……き、気になる!) 「…つ、つまりは、まあ、そう言うことなんだけど」が何かしら説明したらしいが、石丸にはちんぷんかんぷんだったようで何か聞き返している。(あんなに必死な女の子に説明させるなんて…いやもともとだったかな…)と苗木が思ったところで、はもじもじと言いよどみながらも口を開いた。 「つまり、その……は、恥ずかしいはなしだけど……きょ、」 わああ、と叫び出しそうな大和田に苗木が捕まれて、またしても壁の陰に引きずり込まれる。しゅん、と一瞬のうちに苗木の視界が変わって、大声で叫びそうになったところを大和田に手で口をふさがれた。苗木の息ができなくなる。 「…………!!!」 「……な、苗木……やっぱりこりゃ修羅場だ…マズイところに居合わせちまったみてぇだな……ここは男として見守るべきか、それとも男として潔く引いて検討をいのるかどちらが正解だと思う? 兄弟のために、の為に、身をひくのがが正解か? でもなぁ……」言いよどんだ大和田がうつむく。「…やっぱり見守ってやるべき…なのか? 兄弟としてここは見守るのか? 兄弟はの事どう思ってんだ…?」 「…………!! …………!」 口をふさいでいるので苗木は答えられない。必死に何かを伝えようとするが、大和田には伝わらない。ぱんぱんぱん、と力なく青白くなりかけた顔で大和田の肩を軽く叩けば、慌てて大和田が手を離した。ぷは、と苗木の呼吸が戻る。 「わ、悪ィ苗木……それでお前はどう思う」 「ぼ、ボクは……えっと、そ、そうだな…」 「わかったぞ!」石丸の叫び声が廊下にこだまする。苗木と大和田が顔を見合わせてもう一度壁の向こうを覗き込んだ。何が起こっているかはイマイチよくわからないが、どうやら談義がまとまりそうである。まさか、本当に二人は上手く行ったのだろうか、とごくりと固唾を飲む苗木だったが焦ったような照れたようなの声が廊下に響く。ここからでは何を言っているのかたまに聞き取れないところがあるのが玉にキズだが、ちらりと様子をうかがうにはここ以上の場所は見当たらない。近づきたいのはやまやまだが彼らにバレてしまっては自分たちの沽券にかかわるのだ。 「す、済まない! ならば、僕と…………君が、その、良ければと言う話だが……」 まるで超展開である。断片的にしか聞こえないものの、明らかに愛の告白のような言葉に二人は動揺していた。補正がかかってキラキラとして二人が見えるのはなぜだろうか。「どういう事だ」とひたすら口走る大和田に焦りを感じながら、苗木もどういう事だろうと考える。「もしかして、その、ふ、二人は両思いだったってこと…かな…?」 「…そ、そうか…! 兄弟…よくやったなッ…それでこそ本物の漢だぜ!」 「…石丸君! ありがとっ!」 ぎゅうぎゅうと石丸に抱き着くの姿。それを感動の涙を流しながら見守る大和田と、苗木。そしてまたクラスに誤解が一つ生まれる。 (▲)(20120907:お題ソザイそざい素材) |