彼女は入口の前に座ってこんこんとドアをつついては首をかしげていた。初日に着ていたブレザーとは異なる漆黒のセーラー服は、少しスカート部分がしわになっている。そのまま寝ていたのだろうか、寝癖もちらほらとついているところをみればおそらく寝起きなのだろう。それにしても彼女、制服のところどころがなんだか少し汚れている。隈もあるところをみれば、よく眠れていないことは明白だった。寝起きなのに寝ていないというのは矛盾してはいないだろうか。いや、無理もない。人が死んでいるのだ。そういえば右手に枕も持っている、……いやこれはいつものことだった。いつでも寝られるように持ち運んでいるのか、中に何か仕込んであるのか。はたして何か外の様子が聞こえるのだろうか、ときおりその扉に目を閉じて耳を傾けているのがうかがえる。何をしているのかは全く分からないが、おそらく外の様子が気になるのだろう。それは彼女も一緒のようだったが、皆ほど必死に外へ出ようとしている気迫は感じられなかった。必要に応じたら出る、必要に迫られていないから、出ない。そう、彼女はきっとそういう人間なのだ。今はきっと必要な時ではないのだろう。でももし必要になったら? 可能性を考えて、私は首を振った。こんなことを考えていても無駄だ。ならば彼女が無害なうちに接触を図っておくべきなのかもしれない。私は八雲に声をかける。ほとんどファーストコンタクトなのに、彼女に親近感がわくのは何故だろうか。やっぱりあのことも関係しているのだろう。

 「あなた、八雲ね」
 「他でもない私が八雲だよ」
 「あなたと捜査しなければいけないことがあるわ、ついてきて」
 はいはい、と彼女は二つ返事でついてきた。まったく警戒心のなさそうな彼女はあたりの壁をきょろきょろ眺めながら三歩後ろをついてくる。一応計算通りだ。十神のいない時間帯、彼女が誰ともかかわっていない時間帯を狙ったのは、二人きりになるためであった。彼女と話さねばならないことがある。こっちも調べるわよ、と私が招いたのは男子トイレ。平然と入ってくるところを見れば、通常の女子とは異なる感覚を持っているのだろうな、と思う。かくいう私も人のことは言えないが。そう、彼らが死んで、解放されたそこはいたって普通に見えたがただ一つ普通ではないところがあった、そう、例のカメラがないことである。

 「わかるわね、八雲のあなたが自己紹介の時なぜ超高校級の華道家とあいまいに答えたのか。それでいて花が一輪も部屋になかったのか。記憶が曖昧なのでしょう? 先の学園裁判であなたの言動にあまり確信は持てなかった。でも私と同じかもしれないと、その疑問が確信に変わったのは事実よ。ねえそうでしょう? 『超高校級の天才』、八雲
 「へぇ、驚いたね。霧切ちゃんがそこまで名推理できるとは驚きだ。そして私をここに連れてきたのもその話をするためなのだろう。確かにここには監視カメラもないしね」
 彼女はあたりを見回すまでもなく記憶しているかのように、言った。いや、実際記憶しているのだろう。写真のように、きっちりと正確に。どこになにがあるのか把握しているのだろう。
 「華の一輪もないのは苗木君が漏らした情報だね、私もおかしいとは思っていたんだ。私が『超高校級の華道家』、なんてね。ちゃんちゃらおかしい。結論から言えば、私は確かに華道家ではない。私の家、『八雲』は華道のお家元であることは確かだ。だがしかし私自身が超高校級の華道家として生け花の天才的才能が発揮された、というわけではなかったのも確か。奇抜すぎるそれは生け花の何たるかをすべて無視し、超越した別個の存在であったことは確かだけどね。全ての『八雲』である才能は兄に継承され、私には生け花のいの字も才能としては備わらなかったのはあながち間違いではないしそれが正しい。だからこそ、私はわからなかった。だがしかしそれは君の考えで確証に変わったよ。霧切ちゃん。あ、もしかして君の才能は。いや、推論でいうのは止そう。確実ではないことをほいほいと発言しては混乱を招いてしまうからね。合理的ではない。そうだね、私の記憶は故意に消されている。何者かが私たちの記憶をすっぽり奪ったのだ。そして、不都合な点も奪った。取り戻せば記憶につながる部分を全てごっそりとね。だからこそ私には中学の記憶すらほとんどないし、私が『超高校級の天才』だと仮定して推測すれば恐らくつじつまの合うことがいくつか出てくる。とても興味深い。そこで、君に頼みがある。少々君を危険に巻き込んでしまうが、君ならできるだろう? 超高校級の名探偵さん」
 ちゃりん、と小さな鍵を彼女のポケットに入れる。「あとは君の本能が覚えているはずだ。ピッキングも、きっと君ならできる。時間は今夜。すべて他のことは私に任せてくれ、ちょっと細工は必要だが恐らく簡単だ。君のサポートは万全にする。危なくなったら私に罪を着せろ、すべて庇う」
 「あなたのことだからちゃんと計算してあるのかしら? それとも私を罠に嵌めようとしているのかしら」
 「おそらくそれさえあればすべて調べられる。でも私はスパイとして潜入をすることはいささか向いていない。君が適役だ。私は頭脳であるからね。必要であるなら私の頭を貸そう、そして君の調べるべきことに協力する。では、怪しまれる前に退散するよ、そろそろ頃合いだしね。じゃ、作戦は今夜。明日あなたが戻るまで、私はあなたを援護する」

 「そういえば、昨日はどこにいたのかしら」
 「期が来ればわかるわ、探偵さん」 彼女はそう言って微笑んだ。





 夜時間。彼女は私の部屋に押しかけてきた。このあたりのカメラはジャックしているのだという。本当か嘘かはさておき、彼女が平然と四角い手鏡のようなタブレット端末に近いものをポチポチと操作しているところを見るとおそらくここの監視カメラの映像もジャック済みというわけだ。用意とはこのことだったのか、と納得する。そして彼女は場所を移す、と私を部屋へと招き入れ、彼女の部屋のベッドの下にあるくぼみをとんとん、と何回かノックし、ポチポチとなにかボタンを押し始めた。かちゃり、と音がしてベッドの下に穴が開く。いや、正確には穴ではない。通路であった。
 「実はここから学園内の通気口すべてにつながっている」
 「……喋って大丈夫なの、そんなこと」
 「あなたは信頼できる」
 「私じゃなくて」
 「モノクマは大丈夫。全て回線はジャックさせていただいた。超高校級のプログラマーが私に協力してくれていたからね」
 いつの間に、と思うや否や、「ほら行って。カメラは全部私がなんとかしとくからさ。一点の死角も逃さない。これが私とちーたんの技術だからね」と急かされる。地図を渡された私は、どうして彼女がこんなものをと思ったが今は考えている場合ではなかった。これをできるのは私しかいないのだ。彼女と約束した。これは、私の本能である。探求しなければならない。そこに謎があれば、暴かなければならない。犯人がいるならば、突き止めなければならない。この洞察眼は、きっと。私はするりとその穴の中に入って、捜査に赴いた。彼女の頼みだ、断ることなどできなかった。それ以前に、私のことを、知らなければならなかった。

 「さて、私は私で動くとするかな」
 彼女はそう言ってかちゃりと通気口の口を閉める。「今夜は忙しい、管理は不二咲ちゃんにまかせてあるからね。頼んだよ、マイハニー」

 そうして二人の少女は闇に消えた。















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