「アンタよくこの状況でご飯なんてのん気なこと言ってられるわよね…」
 はぁ、と自然にため息がでていた。私という存在を認めてくれた彼女。餓死もしかけた彼女だ、夢中になれば食べることも寝ることも惜しまない。天性の科学者気質を持つ探求者であり、それに見合った頭脳も持ち合わせている。戦闘ばかりしていた私とは全く違う環境で育った彼女。そんな彼女が少しだけ羨ましかったのかもしれない。普通の女の子とは遠いけど、かわいくて、お金持ちで、それでいて、恵まれた才能を持っている。私とは大違いだ。まるで出来すぎた、妹みたいに。

 「江ノ島ちゃん?」
 どうかしたの、と不安げに首をかしげる彼女には、一切の眼の曇りも見当たらない。とてもきれいで純粋そうな瞳。人なんて殺したことない、綺麗に澄んだ瞳。
 「まあ、餓死しそうになったりDVD見てないアンタにはあんまり関係が無いのかもね」独り言のように呟いては「あー、のん気そうで羨ましいわ」とため息を吐いた。
 「ご飯を食べた後の脳のエネルギーは万物を生み出すって聞くよ」

 へらり、と警戒心のない笑顔。つられてへらりと笑ってしまう。本当にこの子は、放っておけないイレギュラーだ。だからこそ、あの子も気にしてるんだろう。この子のために一室を解放するくらい訳ないのだ。彼女が、あの子になにかしようと企んでいるのか、それを面白いと思って傍観しているのか。はたまた何も企んでいないのか。頭脳で言えば私なんてこの目の前の少女の足元にも及ばない。それくらい差が開いている。そして、彼女にかかればきっと世界なんてたやすく崩壊するのだろう。だからこそ仲間に招き入れようとした。でも断られた。きっぱりばっさりと。
 それが妹をどれだけ刺激したのかはわからない。でもそれもあって彼女が生きながらえているのは事実。そしてお気に入りになっているのも、事実。手の内で転がらない彼女に絶望という快楽を感じ、それでいて彼女という存在を縛り付け絶望させようと努力する。それは私から見てとても歪んだ愛情のように見えた。いや、それこそが彼女の愛情表現であるのかもしれない。精一杯の、彼女の愛情表現なのだ。だからこそくだらない餓死って理由なんかで彼女を殺すわけにはいかなかった。反逆分子を紛れ込ませて、わざわざ妹はなにをさせたいのだろうか。
 邪魔ならば、排除してしまえばいいのに。それでもそれをしないのは、やっぱり彼女が好きだからだ。

 「ホント、アンタ変わってるって。みんなDVD見て沈んでるっていうのに、まさか足で踏んで割っちゃうなんて発想思いつかないし…」
 「取り乱すことは許されない事だから、あってはならない。それが私に教えられた家訓の一つ。殺しちゃだめなのも家訓の一つ。それを守らなければ、私のお家は守れない」
 「え?」
 思わず彼女を凝視していた。暗い顔をしている彼女なんて、ここにきて初めて見たかもしれない。こんな表情をさせる、家柄も家訓もわからなかった。それでも彼女の不信感をあおるのはよくなかった。まだこれは始まったばかりなのだ。平静を装わなければ、勘の鋭い彼女のことだ。すぐに足元を掬われる。「江ノ島ちゃんも食べる? サンドイッチ作るけど」
 「わ、私も手伝おうか?」

 思わず言ってしまったものの、うっかりしていた。私の料理スキルなんてたかが知れているのだ。八雲のとなりで、私は所在なさげにナイフでリンゴを剥いていた。
 彼女はと言えば、こんなことは簡単だといわんばかりに料理をする手は手慣れたものでさくさくと作業が進んでいく。パリジャンを薄く切ったものを何十枚かオーブンで軽くトースト。その間に冷蔵庫を探して卵を取り出して割り、フライパンを温めスクランブルエッグを作る。トーストしたパンに冷蔵庫から出したバターを塗る。ハムとレタスとトマトとモッツアレラチーズを切ってオリーブオイルをとろとろとかけて、塩コショウを軽く振る。そして、もう一枚の薄く切ったパリジャンではさむ。こんな簡単につくっているのに、なんておいしそうなのだろうか。まるで近くのカフェで出てくるような、そんなサンドイッチ。彼女は、作ったものを大きな皿と小さな皿に取り分けて、きょろきょろとあたりを見回したかとおもえばトレーをすっと二枚取り出し、ポットと紅茶を一杯とホットミルクをカップに用意する。紅茶には、はちみつをたっぷりいれてかき混ぜる。入れすぎな量であるようにおもえたが、彼女はそうは思っていないようで、もう少し入れようか悩んでいる様子であった。そしてまた入れる。ほとんどはちみつなんじゃないかという液体の匂いをくんくんと嗅いで、彼女は満足そうに口元を緩めた。

 「江ノ島ちゃん、できたよ」
 「は、何その量!?」
 こっちが江ノ島ちゃんの分ね、とトレーで渡されたほうは小さい皿。であったが、驚くのはもう一つ用意していた皿のほうだ。山のように積み重なったそのサンドイッチは通常の私の量にくらべて軽く10倍以上はある。タワー、もとい富士山のように積みあがったそのサンドイッチは彼女の胃袋に入るのだろうか、いや入るのだ。確か彼女は食べるときは尋常じゃない量を摂取する、それが八雲という女の子だった。そうだ、忘れていた。彼女は少し人と異なる……――というよりも通常の人とは違う生活リズムで暮らし、自分の好きなように生きている人種であった。
 彼女はへらり、とまた警戒心のない笑みを浮かべた。「えへへ、十神も食べるみたいだから」

 「これ、ホットミルクね」先ほど作っていたホットミルクは私のためのものだったらしい。思わず受け取って、少しだけ素が出そうになる。彼女は、こんな状況でも私にすら優しい。
 「あ、ありがと」
 「味見したけど、毒は入ってなかったから安心していいよ、じゃあね!」と彼女はそう言ってふらりと立ち去って行った。

 「ほんと、分かんない奴」
 それでも私は彼女のこと、一体どれだけ知っているのだろう。彼女のことを語れるほど、おそらく私は彼女に詳しくないことも、とっくに理解しているつもりだった。















()(20141225:お題ソザイそざい素材