「前々から思っていたが、お前は危機感が無さ過ぎる。今だって俺が近づいてきたのが分からなかっただろう?」俺はため息をついた。本当にコイツには心底ヒヤヒヤさせられる。こいつは真相をつかみながらにしてやすやすと黒幕にでも殺されたいのだろうか。この中に黒幕に協力する奴がいないとも言えん。その中でこんなに無防備で勝負できるとでも言うのだろうか。はぁ、と再びため息が漏れる。「もういい、モノクマにお前の部屋から俺の部屋に変えてもらえ。餓死されてはたまらんからな。お前ならソファでも寝られるだろう」 「十神のソファふかふか?」 本当に奇妙なことばかり気にする奴だ。俺の使うものが一級品でなくて何になるのかまだわからないらしい。 「当たり前だ。俺を誰だと思っている。いいか? 仮にもお前は『八雲』だ。身の程を知れ」 「あいあいさー」 へにょりとした敬礼のポーズをとった八雲に「フン、当たり前だ」と鼻を鳴らした。そして監視カメラに向かって「おい、モノクマ聞いているんだろ」と腕を組む。 『はいはい只今』へにょん、とモノクマが出てくる。八雲が「モノクマちゃんきょうもかわいいねー」とヘラヘラ手を振るので軽く頭をグーで殴っておいた。 「聞いていただろう、コイツの布団と枕を俺の部屋まで運んでおけ。いいな?」 『了解しましたッ』 音声と共にモノクマはシュッと移動していく。その様子に気を取られているのか、何を考えているかわからないこいつは「おい」と声をかけても反応しない。こうなってしまったこいつはしばらくの間何を話しかけても無駄だった。昔からそうだった。あの時も、こいつは抜け殻みたいにいつも何かを考えていた。食事をするのも義務的で、今よりもずっと表情のない人形だったことを覚えている。それが少しばかり感情が豊かになったのは大統合全一学研究所の功績か、それとも。 「おい」 再び呼びかけるが反応がない。目の前で手を振ってみるが反応はない。ぺしと頭を叩いたりしてみたが以下同じ。本当にあの時に戻ったかのようなこいつを置いたまま帰るかモノクマに運ばせるか悩んだがそのまま置いておけば殺される可能性がぐんとあがるのも事実だ。こんなに殺しやすい標的はおそらくいないだろう。動かない、反応しない、まるで殺してくださいと言っているようなものだ。こいつをここで殺されては後々困ると判断した俺は、仕方なく「おい、」と再び呼びかける。「愚民」「おい」「八雲」「起きろ」「おい」 何度呼びかけただろうか、数十分かもしれない。腕を組みながら立っているのも、もうだんだん面倒になってきた頃にぴくりと反応があった。「おい」と呼びかける。 「いつまでそこでぼさっとしているつもりだ」 少しでも反応があれば畳み掛けるのが定石。こいつのことをだいたい心得てきたのもなんだか癪に触るが、身についてしまったものは致し方ない。顔を覗き込めば、ぱちりと生気のある瞳と目が合った。ようやくこいつはお目覚めらしい。しかし今回は手間をかけさせた割に、至って何も収穫はなさそうだった。まだ脱出に至るまでの経路なんて思いつくようなヒントはないか、と舌打ちをする。 「なにをぼさっとしている、行くぞ」 「うん」頷いた八雲が食堂を見て思い出したように立ち止まる。さっき朝食を食べたばかりだというのにもう腹が減ったらしい。 「白夜」 勝手にしろ、と言って俺は部屋に戻る。八雲がふんふんと鼻歌を歌いながら食堂へ行く。本当にこいつは身勝手な奴だ。 (▲)(20141225:お題ソザイそざい素材) |