これは何だと悪態をつくが、状況はいっこうに前進しない。の馬鹿はこのゴミのような紙切れを俺に渡し、筆跡を見せたことは無いと屁理屈を言った。なぜアイツはそんな面倒な事を言ったのか。だがアイツの考えている事には何か意味があるはずだ、なぜなら今まで有益でない情報をわざわざ渡すなんてことは一度もなかったからでその点だけ見てみれば一応この中に閉じ込められた人物としてはを信頼している。それは『八雲』としてでもあり、俺がこの閉鎖空間の中で唯一知っている人間であるからだ。この点は多少なりとも他の人間よりは信頼のおける奴だという証明でもある。以前から家柄的な関係で関わりがあったという事もあるが、それ以上には許嫁の候補の一人。それもかなり正妻に近い位置にいる女であるという事も大きい。『八雲』と『十神』という家柄の関係、それ故にこのタイミングでこの俺に無益なものを渡したら、どうなるかなど承知のはず。まさか俺に解けないとでも思って俺に渡しているとは思えないが、俺を馬鹿にしているのならばこの程度の問題など簡単に解き明かし俺がこんな程度で屈することがないことを証明して見せてやろう。しかし、アイツが俺に押し付けてきた低俗な暗号を一問一問仕方なく解いてやっているというのにこうして一問を解くのに一時間という膨大な時間を要するなどというのは十神の恥だ。こんな簡易で低俗で下劣な問題が俺に短時間で解けないわけがない、どうせこんな物好きなものを考える奴など一人しか存在しないのだからそいつの考えさえ読めればこちらのものだと思える。それに閉じ込められた今となっては、やる事もない。
 そもそもアイツはこの問題を解いたのだろうか。しかし解いてもいないこの重要な証拠を俺に渡すなど、アイツがするわけがないという事を俺は一番よく知っているはずだ。俺はコツが分かってきたのでぱらぱらと問題を解くペースを速めながら、暗号を解いていく。の考えはいつも理解できないものが多いが、今回の場合は予想外もいいところだった。解いていくうちに奇妙な点がいくつも浮かび上がってくる。これがある文章の途中から書かれている暗号だという事、このコロシアイ学園生活という奇妙なゲームの件に関して絶望的事件が深くかかわっているという事、俺たちの記憶が操作されているという事、そして。

 「…何だこれは」
 犯人の名前、というところで紙が破られている。これはアイツが破ったのか、それとも犯人が破ったのか。うっすらとミミズの這ったような文字が見える。俺の中にモノクマがいった絶望という言葉がよぎった。まさかな、と思いながら紙を眺めていると気づけば夜が明けていたらしい。モノクマの7時の放送が流れる。モニターで毎日毎日同じ映像ばかりが流れているのは何かのプログラムか何かだろうか。…気に留めるのも馬鹿らしい、か。それにしても。
 「…もうこんな時間か」

 ということは、俺はこんな低俗な問題を夢中で解くために一夜を明かしてしまったということか。くだらない、くだらないがアイツは黒幕をも欺くような有益な証拠を見つけたらしい。ふん…さすが、よくやったとでも言っておいてやろうか。それくらいでなくては『十神』の名など継げはしないからな。ふはははは、と思わず笑いが漏れる。、アイツはこれを餓死しそうになりながら解き明かし事件の全貌がこういう事だとすべて分かった上で黒幕を欺こうとしている訳か。面白い奴だ、この黒幕のゲームに乗るよりもアイツの考えに乗った方が面白いかもしれんな。これでしばらく退屈しなくても済む。俺の口元は無意識のうちにつり上がる。しかし、…だ。

 「…それにしても妙だな…」
 これは黒幕にとって不都合なものであるというのは確実であり明確な事実。ならば、なぜの部屋にあったこれが処分できていなかったのだろうか。こんな紙切れごとき、焼却炉に入れてしまえばすぐに抹消できるはず。黒幕側は俺たちの記憶まで消す入念な気合の入れようにも関わらず、何故こんな重要な証拠を残しておいたのだろうか。それにアイツは3日目の朝までまったく部屋から出てきてはいない。それも気になる。と考えたところでインターホンが鳴る。誰だ、と思いドアを睨んだ。ドアの方に進み、少し扉を開ければ石丸が立っている。

 「何の用だ…俺は忙しい」 扉を閉めようとすれば、石丸は強引にそれを止める。
 「皆の親睦を深めるため、今日から朝食を全員で一緒にとろうと思うのだ! 八雲君のように餓死者を出さない為でもある! だから十神君も一緒に食堂まで来たまえッ!」
 「フン、くだらんな…」
 「…くだらなくないぞッ! これは決定事項だ、もう既に皆は食堂に集まっている。…ふむ…そういえば、関係ない話なのだが…」
 石丸は何事か考えるようにして気まずそうに視線を下げる。
 「何だ…、関係ないのならば話さなければいいだろう」
 「いや! …八雲君の話なのだが…」
 「…それがどうした」
 「今朝から行方不明で…僕が朝起きた時には部屋にもいなかった。どうやらどこかに行ってしまった後らしいのだが十神君は彼女を見てはいないか?」
 「俺は見ていない」
 学園の事を深く探りすぎて黒幕に殺されたという最悪な可能性が脳裏をよぎって俺は首を横に振る。「そうか…十神君も見ていないか…」と残念そうに俯く石丸の様子を見るに、ほかの連中にも同じようなことを聞いて回っているのだろうことが手に取るようにわかった。どうせアイツの事だ、またどこかで油を売っているか何かしているんだろうと先程の考えを振り払った。まさかこれだけの手がかりしか残さずに死んだ等という事が許されるはずがない。

 「…仕方ない、行くぞ」
 「ん…? 十神君、どこへ行くのだ…?」
 「馬鹿かお前は。食堂へ行くと言っているんだ間抜けめ…お前の頭には自分で言った事すら忘れる程度の脳みそしか詰まってないのか」
 「…そうかそうか! 来てくれるんだな、ありがとう! では行くとしようか、はっはっは」
 石丸はそう言うや否や、俺の腕を掴んで赤い絨毯の敷き詰められた真っ赤な廊下に引きずり出した。それを振りほどくと、石丸は意気揚々とした様子で食堂へと向かっていく。俺は致し方なくその後についていくが、考えているのは先程奴が言っていたの事だった。アイツは一体どこに隠れているんだ愚民め。

 と、そんな俺の疑問は、間もなく解消されることになった。
 「おはよう諸君」
 「なッ…! 八雲君、君は一体どこに行っていたというんだ…、じ…心配したではないかッ!!」
 のんきに前から歩いてきたの右手を握って奴はぼろぼろと泣きながら叫ぶ。相当心配だったのか、奴の涙はとめどなくあふれ声も相当震えている。の方は粗方それを反省しているらしく、よしよしと石丸の頭を撫でた。まるで親が子供にする慰めのようで、傍目に見ている俺としては複雑な気分になる。いったいこの状況で俺はどうしろと言うのだ。責任者がいればこの世から消してやるところだが、あいにくそういう奴がいない。今回のところは命拾いしたな、と俺は姿見えない黒幕に悪態をつく。

 「苗木くんと探索」
 「ご、ごめんね…ボクのせいで心配かけちゃったみたいで」
 「は?」
 「ほら、保健室が解放されたみたいだからね。一応何かないか調べてきたのだよ」
 アイツはだらしない無防備な笑顔を浮かべる。全く何もわかっていないような馬鹿丸出しの笑顔だが、あの笑顔に騙される奴も多い。あれは人を騙す手段の一部になってもおかしくはないものだ。女とはそれだけで武器になるにも関わらず、アイツは俺から見ても散々で異常で異端な育て方をさせられているから感情の欠如も俺以上に激しい。故に無防備で、事を完遂するためなら何でも…それこそ全てにおける意味で『何でも』しでかす奴だ。ただこれは、おそらく俺の推測にすぎないが一度仲間だと認めた奴は命の危機を冒しても守ろうとするような馬鹿なお人好しなはずだから、俺の予想によればあいつがこのゲームに乗ることはない。そもそもアイツが衣食住そろっているこの環境と世話係のような奴、そして同じような年の連中がそろっている環境の中から抜け出そうとする理由は見つからない。おまけに外に抜け出すと絶望が待っていると来たらアイツはここに残るという選択肢を選ぶはずだ。もしくは黒幕を倒すために周りからじわじわと手を広げて黒幕を追い込んでいくかどちらかなのだろう。

 「うむ、では朝食を皆でとろうではないか! …き、昨日のように倒れられては僕も困るからなッ…! …な…何を…八雲君」
 石丸の涙をがどこから出したか分からない手ぬぐいで器用に拭く。
 「そんなだらしのない顔で行くのは風紀委員らしくないよ」
 「う…あ、ありがとう。…君に言われるとは…僕としたことがなってないな。以後気を付ける。……八雲君…、それより君こそ一体何をしたらこんなボタンの留め方ができるんだッ! 先日教えたばかりではないかッ! また互い違いになっているぞ! ボタンくらいきちんと留めるように言ったはずだ!」
 「ちゃあんと留まっているじゃないか、何の問題もないよ」

 「おい、いつまで待たせる気だ」
 だらだらと人情話に付き合ってやる筋合いはないし俺はが無事だと分かったことでどこか安心している自分がいることに腹立たしさを感じている。幼いころからつるんできた情でもわいたのか、それとも許嫁の分際で他の男と仲良くしていることに対して嫉妬心でも抱いたのか。まさかこの俺が嫉妬なんてするはずがないだろう、…馬鹿か。
 「す、済まない十神君…! 僕としたことが目的をうっかり忘れるところだった」
 後で直しておくように、と石丸が騒ぐ中でがへにょりとこちらを向いて笑った。
 「解けたぞ」と言えばが「十神ならできると思った」と俺の手をぎゅっと両手で包んだ。石丸が不純異性交遊だと喚く中で「許嫁だ」と一蹴すれば、顔を赤くしながら学園内では慎みたまえと早足で食堂へと進み始める。へらへらと笑うを前にして、自然とつりあがっている自分の口元に俺は自分がこの状況を楽しんでいることに気付いた。















()(20121015:お題ソザイそざい素材