八雲サンが部屋にこもって出てこなくなってから二日たった三日目の朝のことだった。
 「つーかさ、もう八雲ちゃんが死んでるってのはナシだよなァ?」と言った桑田クンに対して「そんな殺人がホイホイ起こるわけねーべ!」と葉隠くんが反論する。そこで「誰か八雲さんの様子を見に行くっていうのは」と、口をはさんだのが運の尽き。「じゃあ苗木確認してこいよ」と満場一致でボクが八雲サンの様子を見に行くことになった。なんだかんだ言って八雲サンが心配なのはみんな同じだ。いささか不安になるのは最悪の可能性を考えているからだろうか。彼女が本当に死んでいるのか生きているのかわからないのは、今の状況からしてとても心配だった。もう黒幕に殺されてしまったのだろうか、なんて縁起でもないことを考えるのはよそう。頭に浮かんだ考えを捨てて、ボクは八雲サンの部屋に向かっていた。

 「ちょ、ちょっと八雲サン!?」そこで僕はげっそりとしてふらふらと歩いてくる八雲サンの姿を見つけて思わず声を上げながら彼女に駆け寄った。「大丈夫!?」
 僕の声を聞いて、食堂にいた桑田クンや葉隠クン、舞園サンたちが集まり始める。
 「ありえねー、八雲ちゃんだよな。今まで一体どこにいたんだよ…っていうか何してたんだよ二日間も」
 「お部屋の探索」
 八雲サンは立ち止まってふわふわの髪の毛をいじりながら、うーんと呻いた。そういえば八雲サンをここ二日間見かけた人物はいない。急にぐらり、と揺れたカラダを大和田クンが受け止めて呻く彼女を一旦食堂に運び込んで座らせた。そしてボクたちが今まで学園から出る出口を探していたことを伝えたけれど、何かあったかという八雲サンに沈黙しか答えられない。何もなかったからだ。石丸クンが「こちらは何も無かったぞ!」と元気よく言えば、ぐうぐうと八雲サンのお腹が鳴る。

 「顔を見せなかったのはすまないと思うが、」私は少し首をかしげる。「お腹がすいて倒れそうだ、私のご飯はどこだい?」
 「ふん、そんな事を言うからにはここから脱出できるくらいの手がかりでも見つけたんだろうな」
 朝比奈サンが十神クンにわあわあと文句を言っている。ボクは何か持ってくるね、と慌てて厨房に入った。適当に昨日の残りのスープをトレーに乗せて戻れば、十神クンの怒鳴り声が聞こえてくる。何やってるの、と声をあげようとしたところでかくん、と八雲サンが床に倒れるのが見えてモノクマが現れた。

 『オマエラはどうしてこうもつまんねーことばっかやってんのかな! いい加減にしてくれないとションボリなんだな…、餓死なんてされても見てるこっちはなんにも面白くなんかないんだってば! きちんと殺し合ってくれなきゃクマっちゃうよ、ほんとにこのいつも予想の斜め上をひた走るような展開なんて求めてなんてないんだからね? 今後餓死なんてふざけた事が起こらないようにしばらく八雲さんの身柄は拘束します。栄養失調なだけだし今回は多めに見てやらなくもないけど今後こんな事が無いように校則もちゃーんと追加したからオマエラに次は無いよ!』
 「おい、モノクマ。そいつをどうするつもりだ」
 『どうって…十神くんは何を期待してるのかしら…!』
 「ふざけてないで答えろ、どうする気だ」
 『今回だけの出血大サービスだからねッ! 仕方なく別室待機ってことにしてあげるだけだからねッ…! 別に勘違いしないでよね!』
 「そこで貴様が八雲を殺すのか?」
 『やだなぁ、十神くん。生徒同士で殺し合ってこそ絶望ッ! ボクなんかが出てきて殺しちゃったりしたらゲームのルールが違ってきちゃうでしょ』
 「ふん、勝手にしろ」
 それだけ言うと十神クンは自室に戻ると言って部屋に戻ってしまった。ボクには何も言い返せないけれど、八雲サンが何か黒幕について掴んだんじゃないかと考えている。もしかしたらここから出られるのかもしれない、とボクは思って気づいたらモノクマに話しかけていた。

 「八雲サンはどうやってそこまで運ぶの?」
 『はぁー、ボクのチカラで運べるに決まってるでしょ』
 モノクマはそれだけ言うと、いでよなんて何かを呼び出してそしてモノクマがふたりにもさんにんにもなった。ボクは少しだけ八雲サンみたいにめまいを覚えた。


 それは次の日の朝だった。唐突に部屋に入ってきたモノクマはボクに告げる。要約すればこうだ、八雲サンが目覚めたらしい。
 今自室に戻ったと聞いて慌ててボクは彼女の部屋の扉をドンドンと叩いたところ、開いた扉の内側で彼女がほぼ下着姿で立っていた。慌てたボクがドアを閉めようとすれば、ちょっと待てともう一度ドアが少しだけ開いた。下着も何も隠す様子のない八雲サンは髪の毛を丁寧にタオルで拭いている最中らしく、まだ少しだけ湿った髪から色気が漂っている。ごくり、と展開に生唾をのむボクの手をぐいっとひっぱって八雲サンがボクを彼女の部屋に引きずり込んだ。

 「何を謝っているのかわからないがとりあえず眠たいし髪を乾かしたいし時間がかかるから入ってくれ、好きにくつろいでいい」
 「え、え?」
 「そこに立っていられても困る」
 パタン、とドアを閉めてすたすたとボクの横を通り過ぎ、ブラウスの袖に腕を通す。ボタンを留める彼女の、ブラウスの下からでる足が白くて艶かしくて、ボクは視線を逸した。衣擦れの音だけが聞こえる。部屋を見れば、ボクの部屋と同じような作りにはなっているけれど、彼女の部屋にはよくわからないような数式やらなにやらがたくさん貼ってあることに気付く。(そういえば彼女は華道家じゃなかったかな)と疑問がよぎって、部屋を見渡すけれど、花は一輪もそこにはなかった。とんでもなく違和感を感じる。なぜ一輪も花が無いのだろうか。花瓶すらもないなんて、少し異常ではないだろうか。

 「どうかしたかね?」
 ブラウスのボタンが少しばかり互い違いになっているのは気がかりだけれどいつもどおりの制服を着てふんわりとしたカーディガンを羽織った八雲サンは椿油と書かれたものを髪につけながら振り返った。タオルを首にかけて櫛で丁寧に髪を梳かしているのは少し女の子らしい。
 「あ、いや、華道家なのに八雲サンの部屋には花がないんだ…と思って」
 「ふむ、君の観察眼はまあまあといったところかな。こんなところで話すことでもないし、私は少しばかり考えねばならぬことがあるからね」
 「そういえば八雲サンってどこの中学だったの?」
 「うーん、中学ではないね。確かにその過程に至るまでにどうこうはあったが、私は少しばかりほかの人とは学歴が異なるんだよ。ただ私の愛する数式が邪険にはされなかったし私の尊敬した彼らも……そうか……苗木くん、君のおかげで少し進展したらしい。少しばかり調査する場所は増えたようだね。私が寝かされていた場所も少しばかり調べてみてはどうだろう? 何もないかもしれないが新しく行けるようにはなったようだ」
 「学歴が異なるって…? それに新しく行けるようになったところって…」
 「一つ目はそうだね、本来ならば私はここに入らずとも良かったんだけれど。確か父様が行けと言うから来ただけで、まあ要するに政治的関係かな。あとは…あーなんだったかな、おかしいな。この私とあろうものが思い出せないや。ともあれ、現在私にある記憶のなかで新しいものだと大統合全一学研究所という非営利組織が正式な私の雇い先だ。存在しているなら今も多分。奇妙な場所だから変人奇人の集まりといっても過言じゃないし色々とそこでは協力したかな。でも赤色をみるとちょっと逃げなきゃ、とは思うけど。あ、そうそう二つ目は保健室だ、解放されてる」
 そうだろう、モノクマちゃんとパンパンと手を鳴らしながら八雲サンが言えば、モノクマがすっと出てきてボクはなんでここに!と声を上げた。

 『酷いなぁ、クマに対してその反応』
 「御託はいい、それよりも保健室は解放されているのだろう?」
 つれないんだから、とモノクマがぐちぐちと言いながら話し始める。『そりゃ一度開放しちゃったんだから仕方ないもんね、それより今度こんな事があったらいくらボクがクマだからって承知してあげないんだからね!』
 「ありがと。もう帰ってもいいよ」
 『このクマあたりの冷たさ…ショボーン…ボクは帰るけど二人でいちゃこらしはじめたら止めに入るからね! 殺し合いなら大歓迎だけどね!』
 なんてことを言うんだ! とイライラを募らせたボクに対して、モノクマは嵐のように去っていった。モノクマが来るたびにヒヤヒヤするし同時になんとも言えないような気持ちになる。もやもやとわだかまりを残していくだけのあいつは一体誰なんだろう。一刻も早く黒幕を捉えなくてはいけない、という気持ちと、早くここからでなくてはという気持ちで焦燥感がうずを巻く。その焦りを見透かしたように、八雲サンはボクの肩に手をおいた。

 「モノクマちゃんに構っている暇はないよ」と八雲サンが言う言葉に我に返る。そうだ、ボクたちには立ち止まっている時間なんてない。一刻も早くここを出なくちゃいけないんだ。















()(20121015:お題ソザイそざい素材