「いかにも、八雲とは私のことだ」
 よろしくね、と声をかければ少しだけ寝癖のついたような彼女は「ふむ」と頷いてよろしくと左手を差し伸べてくる。ボクは慌てて右手を出しかけたけれど、左手で彼女の手を握り返した。彼女の事はネットの掲示板で盛大な話題が話題を呼び報道陣が駆けつけてくるとまで言われた学園きっての天才児だという噂だ。何でも世界的な大学を飛び級で卒業し、数学的な論理式の証明をして世間の注目を集めた。ボクも確かニュースで見たっけ。そして同時に『八雲』家の箱入り娘だ。『八雲』と言えばボクでも知っている流派の華道のお家元だった気がするけれど。彼女は華道家なのだろうか、とボクが考えるまでもなく彼女は他に何か聞きたいことはとボクに疑問を投げかけてきた。

 「八雲サンは…えっと、華道家なんだっけ…?」
 「間違ってはいないよ。そういう君は誰だね?」
 「えっと、まだ言ってなかったっけ…、ボクの名前は苗木誠」
 ふむ、とボクの名前を何度か復唱しながら彼女は「またデジャヴだな」と呟いた。思わずボクの口から「へ?」と間の抜けたような声が出て彼女は呆れたようにため息をついた。

 「それに至るまでにはまだ少しばかり情報が足りなさすぎる。それにしてもこの私に頭脳戦を挑むとはいい度胸だね。ふむ、面白い」
 状況についていけないボクをよそに彼女は自分の世界に入ってしまったようで、彼女の口からでる言葉は徐々に専門用語のような難しいものになっていく。理解しようとしたけれど、ボクの知っている言葉ではないような呪文みたいな用語についていけそうもなかった。それを見ていた十神クンがボクの後ろでため息をついたのが聞こえる。どうして十神クンが、という疑問がよぎったけれど、そういえば彼女と十神クンは前々から知り合いみたいなことを石丸クンが言っていたっけ。ボクが来る前に何があったかはわからないけれどなんだかひと悶着あったみたいだ。

 「放っておけ、こうなったら何を言っても無駄だ」
 「そ、そうなんだ」
 八雲サンはといえば、マイペースにコンコンと入口の扉をノックしたりぺたぺたと触ったり屈んだり立ったりと忙しない。ちょこちょこと動き回る様子は小動物みたいだけれど、身長はボクと同じくらいかもしれない。一通り彼女は調べ終わったらしく、ふわぁとあくびをしながら戻ってきた。と思えばボクたちの横を通り過ぎていく。

 「あいつはああいう奴だ」
 「そういえば、十神クンって八雲サンと知り合いなんだっけ…?」
 「知り合いもなにもそいつは許嫁だ。まぁ、親同士が勝手に決めた縁談などに俺が大人しく従うまでもないがな」
 「へ…へぇ…そうなんだ」
 確かに十神クンは御曹司だし、許嫁のひとりやふたりいたとしてもおかしくなはいのかもしれない。ボクとはなんだか住む世界が違うみたいだ。

 「ところで十神、君の記憶はいつから無いのだ?」
 「お前はいい加減適当なタイミングで勝手に話しかけてくるな、目障りだ」
 「早急に私の質問に答えてくれれば君に用はないからね、すぐに君の言うとおり立ち去る」
 唐突に繰り広げられ始めた十神クンと八雲サンの一触即発の空気にひ、と息を呑む。でも、これがふたりの会話なのか八雲サンは十神クンの扱いに少し慣れているみたいだ。やっぱり親同士が関わっているだけあって、ふたりにも関わりがあるのかもしれない。ボクが首を突っ込んでいいところじゃないところだと思うんだけど、ボクをはサンで痴話喧嘩をするのはどうなんだろう。ボクが困ったような何とも言えない表情であいだに挟まれている間に、八雲サンの言葉に折れたらしい十神クンがため息をついてから口を開いた。

 「フン…妙といえば妙だが俺の記憶では入学式の当日に校門を抜けたところから教室に入るまでの記憶は無いな」
 「そうか」その視線が十神クンからボクのほうへと向く。「苗木くんはどうだい?」
 「うーん、ボクも十神クンと同じかな。入学式で門をくぐった時から教室に来るまでの記憶がないんだ」
 「気持ち悪くなったり、視界がぐるぐるしたりしたかね?」
 「って事は……八雲サンも同じ?」
 ややあって、「だいたい」という返答があった。何やら考えているらしい八雲サンをじっと十神クンが睨みつけている。

 「何か思い当たる節でもあるのか、答えろ」
 「まだ状況証拠が把握できていない、不確定要素の多い事柄は誤解を招く恐れがあるからね」
 「いいから答えろ」
 「そう急かないでくれ十神。そうだな、仮にこれが一両日で成されているのならば不自然だ。なぜならば入学式前日に私がここに訪れた時まだこんな事態にはなっていなかったからね。この工事をするならば最低でも1週間以上必要だとは思う。欠陥があるか調べては見たがどうやら私の観察眼からしてみればここにいる誰にもこの扉を壊すことはできないだろうね。要するに適当な工事ではないしここに至るまでの道での悪趣味な壁紙も鉄板も、私が調べてみた限りではぴくりとも動かないように厳重に固めてあった事から見て、『私たちは密室に閉じ込められている』あるいは『私たち自らが密室にいる』のか、おおまかに言えば二択となるね。要因は第三者か加害者がいるのか、もしくは被害者自身か、といったところかな。ミステリではよくある話だけれど語り部自身が犯罪者なんて少しばかり下種な読み物である事には変わりないけれどね。入れ替えトリックもこういうのではよくあるけれどどうなのかな、どう思う十神?」

 「くだらんな、俺たち自身が密室を作ったなどありえん。そんな記憶など俺には無い」
 「不確定要素が多いと、私はちゃんと言ったはずだったけれど君の耳は節穴だったかな? 私の言ったのはほんの可能性に過ぎない。多すぎる可能性を消去法で消さなければ真実にたどり着くことはできない。まだ証拠は不十分だ。それがいかに私たちに都合の悪いものだとしても、おそらくたどり着いたそれこそが真実。真実は時に無情で、そして時に誰かの希望であり滑稽な絶望であるからね」

 何か測ったようにそのアナウンスは流れて、ボクたちは体育館に集められた。















()(20121015:お題ソザイそざい素材