そして火蓋が切られるのを、ゆっくりと待つしかなかった私はついにそれを迎えてしまった。ぐうぐうと寝息を立てる私の体を、十神がゆさゆさと揺らしているので目が覚める。何事かを叫んでいる様子だけれど、寝ぼけた私にはいまいち聞き取る事が出来ない。顔を洗わなければ、とあくびをしながら起き上がって床に降り立ちシャワールームに足をむければ、がっちりと腕を掴まれていた。



 「お前は俺の話を聞いていないのか」
 「顔を洗ってこい、じゃないの?」
 「馬鹿め、殺人だ」
 十神の言葉で眠っていた私の脳細胞が全て覚醒した。やはり昨日のDVDが原因だろうか、と予測はするものの眠気に負けた目はうっすらとしか開かない。ふわぁ、とあくびをする。それにしても、あのデータディスク一枚ごときで人を殺すなんて信じられない。いや、私の扱った情報の中には国家機密もいくつかあったから、犠牲が一人で済んでよかったのだろうか。いや、よくない。彼らは政治とはほとんど無関係だ。平和に生きて平和な世界で生きている。私達とは、違う。



 「……ちょっと顔洗ってくる」
 「行って来い、今のお前は酷い顔だ」
 冷たい水で頭を冷やしたかった。後悔をしているわけではない。あれは全部割ってしまうべきだったのだ。誰も見ないように。誰にも見られないように。粉々にしてしまうべきだった。洗面所にいけば、少し青ざめた私が写っている。髪の毛は今日はそんなにぼさぼさではない。蛇口をひねれば水が出てくる。十神の洗面台は、薔薇のいい香りがした。ぱしゃんぱしゃんと顔を洗う。そのあたりにあったハンドタオルで顔を拭くと外に出た。これで準備はシャッキリバッチリだ。



 「準備でき…たとでもいうつもりか」
 「そのつもりだ」
 私がシャワー室から出てきた瞬間にあからさまに顔を顰めた十神は、櫛を持って来いと怒鳴り散らしそうな勢いだ。そう言えば私は着替えていないことに気付く。そういえば朝起きたまま顔を洗ったのだから当たり前のようにネグリジェのままだった。ここには私が寝て起きる間に着替えさせてくれる凄腕のメイドはいないのだという事に今更ながら不便を感じる。ここにもメイドを派遣できればどれほどに便利だろうか。しかしないモノをねだるのはよくない。あるもので我慢する。



 「その髪型でその服装で、俺に恥をかかせるつもりか」
 「ボタンを留めてくれないか?」
 「これにでも着替えておけ、お前の荷物だ」
 どこからか私の紺色セーラー服を取り出した十神は、これなら着られるだろうとフンと鼻を鳴らした。寒いならこれでも着ておけ、とラクダ色のカーディガンを差し出している。よいしょ、とここで服を脱ぎだした私に、十神が私の顔面にキャミソールを投げる。受け取った私はナイスだ十神と心の中で思いながらそれを着て、その上からセーラー服の上に袖を通した。ホックはここにつけるんだったかな、と考えてつければ十神の怒号が飛んでくる。



 「馬鹿か、それは上につける場所があるだろう。どうして下につけようとする…! 貸せ!」
 どうやらやってくれるらしい。その間に私はスカートをはいてチャックを閉める。完璧だ。「おい、このホック止まってないぞ」
 「おお、忘れていた。これはこうかな?」
 「馬鹿が、どうしてそうなる! みっともないからよく見ていろ、いいか? こうだ」
 「ほう! すごいな十神」
 いつの間にか綺麗に朱色のスカーフが巻かれているところを見るに、十神も色々とできる奴らしい。さすが十神だと尊敬する。ソファに腰かけた私に、べしょ、とカーディガンを投げつけられて、私は黒いタイツに足を通す。「タイツは履けるんだな」と十神が褒めてくれたのでへらへらと笑う。「履けるよ!」
 私の返答を待たずに十神がシャワールームに消えて、私がタイツを履き終えたところに彼は戻ってきた。右手に木の櫛を、左手に霧吹きを持っている。どうやら私の髪を何とかしてくれるらしい。カーディガンを羽織った私の髪を十神が整えてくれた。鏡で確認したがまるですごい違いだった。いまだかつてこんなに気品が漂ったことがあっただろうか。以前のパーティ以来のつやつやヘアに私はうっとりしていた。さすが十神である。



 「おおさすが十神!」江ノ島ちゃんも上手ではあったが、十神のそれは嗅いだことのあるようななじみある匂いがする。いい香りだ。
 「俺を使わせたことは一生後悔させてやるからな。覚えておけ」
 「ほほう、これは椿油か?」
 「お前が以前使っていただろう。聞いて取り寄せたものだ」
 「ほうほう、懐かしい匂いがすると思った」
 自分の髪からとてもいい香りがするのは気分がよかった。ふんふんと鼻歌を歌いながら鏡を十神に返す。十神はそれを適当に机に置くと、行くぞと立ち上がった。私も立ち上がる。どうやら召集がかかっているらしく、私は十神の3歩後ろを歩きながらふらふらと校舎を見て回る。じっくり見て回る事はあまりなかったように思う校舎はやはり少しだけ悪趣味だ。体育館に行く前に、私はふと気づいた。トロフィーの中に私の名前がある。立ち止まっていれば十神に襟首を掴まれて体育館に引きずられていく。どうやらこの集まりはモノクマちゃんの放送らしい。全く動じなかった私も私だったが、起きれないものは起きれない。仕方の無い事だ。



 「何をぼさっとしている」
 「……なんでもない」
 何も言えなかった。恐らくまだまだ証拠は不十分だ。私が体育館へ入った時には、既に全員がそこに集まっていた。いや、正しくは全員ではなかった。
 「舞園ちゃんは?」
 「その舞園が第一の犠牲者だ」
 「……なるほど」
 モノクマちゃんはモノクマファイルとなんたらかんたら説明をしている。犠牲者が舞園さん。どうやら十神は私が起きる前に一度食堂へ行ったらしい。しかしちっとも起きる様子を見せない私と、遅れてくる舞園さんを心配した苗木たちが様子を見に来たというところにこの事件である。事件の概要を知りながら何もできなかったことに対してううむ、と悩みながらこれは本格的にまずいことになったなと考えた。モノクマちゃんが何事か説明している間も、私はまだ状況的にクラスメイトだった人が死んだという事を受け入れることができずにいる。それでも冷静に脳は犯人を突き止めるために証拠を探して働き続けている矛盾した事態に、ため息を吐いた。犯人などは求めても意味が無いのに。
 探すべきは皆が殺さない平和を取り戻すことだ。



 顔を上げた私の頭上を、槍が飛んでいく。危機感に気付いた私だったが一本避けきれずに腕をかすめていく。後ろには誰がいるのだろうか。運動のできない私は、漂う鉄のにおいに少し動揺した。私の血の量では、こんなにも強い匂いはしない。大丈夫か、という声が聞こえて声とは反対の方向を振り返れば血まみれの江ノ島ちゃんがそこに立っている。どうして、という私の心を読んだかのように彼女はそう呟いて、もう起き上がる事もなく地に伏した。赤色が彼女を中心に広がっていく。















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