皆が一様に取り乱す様子を見て恐ろしくなった私は十神が渡してきたそれを地面に落として踏んづけて割った。ぱりん、とあっけないような音に、ぱっと皆が注目をする。十神も目を丸くして驚いているけれど、そんなことはどうでもよかった。ここでなら見られる映像は、きっと私たちの混乱を引き起こし疑心暗鬼に陥らせるためのものだ。ならば私は見なければいい。現に舞園は私が来た時には何事かに取り乱して出て行ってしまったし、苗木も何をするか分からないような舞園のその後を追って出て行った。私は外へ出る手段も何も、あまりに興味が無かった。衣食住もそろったこの学校が絶望ではなく、こここそが希望であることを知ってしまったから。ただ、それだけだった。争いごとの種になるくらいならば、根こそぎ摘み取ってしまえばよかったものを。こんなものに意識を持って行かれるのは馬鹿馬鹿しい。2か3つに割れたDVDを拾ってボール紙の中に入れて、ご飯を食べようと思った。



 『もー! なにやってんの!』
 せっかく用意したのに、としょんぼりするモノクマがどこからともなく現われる。『ボクが丹精込めて作ったDVDなのに…見もせずに割るなんて…君の行動にはつくづく予想の斜め上をいくんだから…』
 「動機、と言われれば推測はつく。家族友人その他の親戚。その身内同然の人物に対し不幸が起きたような事をほのめかすような事というのは皆の反応を見ていれば簡単に推測はつくよ」
 『はぁ…そんなこともあろうかと! 君の分はもう一枚用意してあるんだよ!』
 「まあ、なんだ用意周到じゃないか。私がこうする事がまるで事前に分かっていたみたいに」
 『もう! 君の行動なんて全部すべてクマッとお見通しだよッ! というわけで置いていくから今度こそ見ないとダメだからね』
 モノクマがひょこりと消える。はぁ、とため息を吐く八雲はそのままDVDを段ボールに捨てるように投げ入れた。「見たくはないな…こんなものは」






 「八雲さんは家族が心配じゃないの?」
 「それで人を殺しては、八雲としては生きていけない。八雲は人を殺してはいけない。汚れ仕事は私の役割じゃない。私を殺すなら殺せばいい」
 出ていこうとしたところではっとして気づくが、それは少し遅かったかもしれない。朝日奈ちゃんは怯えたように私を見ていた。「わ、悪かった。朝日奈ちゃんを、怯えさせるようなつもりで言ったんじゃないんだ……ただ、見てしまっては、もう正気ではいられない気がして」
 「ううん、私こそ、ごめんね。八雲さんの言うとおりだ…こんなの、見ない方がよかったよ…」
 ぽろぽろと涙を流す朝日奈ちゃんを私はよしよしと慰める。その後ろから緩やかに私の隣を通り過ぎる影は、私の背後から制服の襟ぐりあたりを掴んだ。こんな事をするのは一人しかいない。十神だ。



 「ちょっと来い」と一言、彼は有無を言わさずに私を部屋から引きずり出した。



 「前々から思っていたが、お前は危機感が無さ過ぎる。今だって俺が近づいてきたのが分からなかっただろう?」
 どうやら心配してくれていたらしい。「部屋も石丸と同じだという。モノクマに俺の部屋に変えてもらえ。お前ならソファでも寝られるだろう」
 「十神のソファふかふか?」
 「当たり前だ。俺を誰だと思っている。断じて他の男の部屋なんかで寝るな、いいか? 仮にもお前は八雲だ。身の程を知れ」
 「あいあいさー」
 へにょりとした敬礼のポーズをとれば、十神が「フン、当たり前だ」と鼻を鳴らした。そして監視カメラに向かって「おい、モノクマ聞いているんだろ」と腕を組む。



 『はいはい只今』
 へにょん、とモノクマちゃんがでてきた。愛らしいクマちゃんだ。黒幕が動かしていると言うのが不憫だが、モノクマちゃんのデザインはとても愛らしい。「モノクマちゃんきょうもかわいいねー」とヘラヘラ手を振れば、十神に軽く頭をグーで叩かれる。
 「コイツの布団と枕を俺の部屋まで運んでおけ、他の物もだ。いいな?」
 『了解しましたッ』
 音声と共にモノクマはシュッと移動していく。どうやら石丸君の部屋へと向かったようだ。それにしても、十神はモノクマをもう手籠めにしてしまったのだろうか。さすが十神だと思う。それにしても、と生徒手帳を開けば殺せだの殺せだのと物騒な言葉ばかり並んでいる。八雲の家訓に従えばこんなものは何の意味もなかった。そして私はこの、恵まれた青春を捨てるつもりも毛頭ない。私が考えながら浮かない顔をしていたせいか、十神がくいくいっと私の袖を引いた。気づけば顔が目の前にある。どうやら心配して顔を覗き込んでいるらしい。



 「なにをぼさっとしている、行くぞ」
 「うん!」
 十神についていく。歩調がいつもよりもゆったりなのは、私に合わせてくれているからだろうか。それとも彼も不安なのだろうか。私のあのDVDには何が写っていたのだろうか。もし、ヒントを得られたのならば惜しかったかもしれないが、皆の状況を見ればそうでないのは明白だった。私らしくない。そんな時に知り合いが傍にいるのは心強かった。私はふいに食堂を見て思い出したように立ち止まる。そういえば、お腹が空いたんだった。





 「白夜」
 「……なんだ、突然」
 「お腹すいたから、ご飯食べてくる」



 勝手にしろ、と言って彼は勝手に部屋に戻っていった。私は厨房へと進む。「ごはんごはーんごはんごはーん」
 何もしていなくてもお腹がすくものは空くのだ。こんな状況下にあっては尚更お腹がすく。広間を抜けて食堂へ入ればぼんやりと椅子に座る江ノ島ちゃんと鉢合わせた。ご飯の歌を聞かれてしまった、と私は少しだけ焦りを感じる。私が奇妙だと思われてしまっただろうか。いや、既におかしいだろう。DVDを割ったり餓死寸前になったりと色々と迷惑をかけっぱなしだ。みんなはアレをどう処分したのだろうか。あんなに取り乱す様な映像、ディスクごと大破しなければ誰かに見られてしまうものを。



 「アンタよくこの状況でご飯なんてのん気なこと言ってられるわよね…」はぁ、と彼女はため息を吐く。
 「江ノ島ちゃん?」
 「まあ、餓死しそうになったりDVD見てないアンタにはあんまり関係が無いのかもね」独り言のように呟いては「あー、のん気そうで羨ましいわ」とため息を吐いた。
 「ご飯を食べた後の脳のエネルギーは万物を生み出すって聞くよ」
 へらりと笑えば江ノ島ちゃんもつられて笑う。
 「ホント、アンタ変わってるって。みんなDVD見て沈んでるっていうのに、まさか足で踏んで割っちゃうなんて発想思いつかないし…」
 「取り乱すことは許されない事だから、あってはならない。それが私が教えられた家訓の一つ。殺しちゃだめなのも家訓の一つ。それを守らなければ、私のお家は守れない」
 「え?」
 私の言葉にきょとんとした表情の彼女に、少しだけ何か違和感のようなものを感じる。気のせいだろうか。「江ノ島ちゃんも食べる? サンドイッチ作るけど」



 パリジャンを薄く切ったものを何十枚かオーブンで軽くトースト。その間に冷蔵庫を探して卵を取り出して割り、フライパンを温めスクランブルエッグを作る。トーストしたパンに冷蔵庫から出したバターを塗る。ハムとレタスとトマトとモッツアレラチーズを切ってオリーブオイルをとろとろとかけて、塩コショウを軽く振る。そして、もう一枚の薄く切ったパリジャンではさむ。なんておいしそうなのだろうか。作ったものを大きな皿と小さな皿に取り分けて、トレーを探す。それは難なく見つかって、その上に紅茶を一杯とホットミルクをカップに用意する。私の分には、はちみつをたっぷりいれてかき混ぜた。甘いものはとてもいい。はちみつの甘い香りが鼻をかすめる。



 「江ノ島ちゃん」
 ひょっこりとキッチンから顔を出せば、江ノ島ちゃんはそこにいた。「は、何その量!?」
 「十神も食べるみたいだから。あ、これ江ノ島ちゃんの分ね」カップをひとまず置いて小皿の方を差し出す。「これ、ホットミルク」
 「あ、ありがと」
 「味見したけど、毒は入ってなかったから安心していいよ」私はカップを二つ持ち直すと「じゃあね!」と彼女と別れた。
 分かんない奴、とこっそり呟かれていたことを私は知らない。















()(20120818:お題ソザイそざい素材