翌日ぱっと目覚めたのは五時だった。私の体内時計がそれを示している。どうやら石丸君は結局隣でまだ寝ているようで私は彼を起さないようにシャワールームへと足を運んだ。衣服をたたんでシャアっと蛇口をひねれば水が出てこなかった。…どういうことだろう、と思って首をひねる。面倒くさくて衣服をまた身にまとい、外へ出た。あくびをしながら食堂へ向かうと閉まっている。腕についている防水の腕時計をみれば、まだ四時だ。「一時間早いなー」
 体内時計と本当の時計は一時間の時差があるらしい。私は食堂の前でぼんやりと座り込んだ。ふわぁ、とあくびをする。ん、あれは大浴場なのかな、と思いながら私はキープアウトの文字が書かれたテープをびりびりとやぶる。なんだか破っているうちに楽しくなってくる。びりびり、びりびり。壁にべたべた貼られているしーるをびりびりとはがす。夢中になってはがしてはがしてはがして破ってを繰り返していると、私の言動に監視カメラで気づいたらしいモノクマちゃんが現れて静止に入ってくる。私はのこりわずかになったテープを持ったままで止まる。



 『ちょっとちょっと何してんの!』
 「あ、モノクマちゃん。シャワー壊れてたから」
 『うぷぷ、まさか昨日の今日で壊れるわけないじゃーん。残念! 言ってなかったっけ、夜時間はシャワーは出ないんだよーん!』
 「じゃあ今の時間だけ開いてるお風呂とか用意してはくれないか?」
 私はびりびりとテープをはがすのを再開するとモノクマちゃんが焦って静止に入る。
 『ダメダメダメダメ―! 駄目ったらダメ―』
 「えー、いや! やだやだ、むり、お風呂入れないとか耐えきれない無理だよう、身だしなみ整ってなくてもくさいのは無理!」
 『うるさーい! 僕がダメって言ったら駄目なのー!!』
 「…君に暴力は振っていないから校則違反ではないよ!」私はテープを丸めながら両手をぱんっと合わせてモノクマちゃんにお願いする。「すぐ出るから貸してよ、女の子なら分かるでしょこのままみんなと会うとか自分の体臭で死んじゃうよ…しょぼーん」
 『もー、天才八雲ちゃんにお願いされちゃったらしょうがないなぁ…。じゃあ開けてあげるから』
 「やったー!」



 ***



 そんなわけで私は着替え一式を脱衣所に置いて、モノクマちゃんにおふろセットを借りてお風呂に入っている。なんと快適なことだろうか。大浴場でゆったりまったりとくつろげるとはなんと贅沢なことかと一日しか経っていない奇妙な学園生活で唯一の癒し、とか思ってしまうあたり私は恵まれた生活をしていたのだろうと思う。髪の毛は乾かすのが面倒なので結ってはいるけれども…洗おうか洗うまいかぼうっと悩んでいたところで随分と時間がたってしまったらしい。もう六時を回っていた。おお、これではもうみんな起きてしまうではないかと私はゆるやかに浴槽から出て脱衣所で体をふく。ロッカーから下着を出してだらだらと身に着けているところで、足音がこちらに近づいてくるのが分かった。がらり、と扉が開く。
 「「…」」
 両者無言の沈黙。私は構わずにブラのホックを苦労しながら留めて、キャミソールを着る。スカートを履いていると、私の方を凝視しながら固まっていた相手の方が冷静さを取り戻し、「わ、悪ィ」と言って私から視線を逸らす。
 「別に故意じゃないから大丈夫だけど」私はセーラー服の上を頭からかぶって袖を通す。襟のホックを留めて、スカーフを首からぶら下げた。(結び方なんてわからないから仕方がない)「こんな朝早くに大和田君は何か用?」
 「…ッるせぇ! ……いや、わ、悪ィ…用ってわけじゃねェんだけどよ。この部屋が空いてたからつい気になって開けてみたって訳だが…」
 「うっかり半裸の私が居たと言う訳かい?」
 「…ッ!! テ、テメー! 女なんだから少しは自覚しろッ…!」
 「うぬ? …人は第二次成長期できちんと自覚するよ」
 私が首を傾げれば大和田君は、ロッカーの前でセーターに袖を通す私を壁に押し付ける。片方の肩口を彼に掴まれた私は男女の力関係のままに、抵抗する気力もなくそのまま彼の力に身を任せてしまった。だんっとロッカーがロッカーらしく金属くさい音を立てて少し揺れる。私の足の間に大和田君の膝が入ってきて、顔が一気に吐息が感じられるほどに近づく。私の瞳は、大和田君をじっと見つめたままだ。いつも通り、周りから死んだ魚のような目だと言われるデフォルトの眼である。だらしない、とよく言っていたのは誰だっただろうか。大和田君はおでこを私のおでこにくっつける。くすぐったい。
 「…こうやって襲われるっていう自覚を持てッつってんだよ! …男の前で無防備すぎんだ、…テメーはよォ…俺の理性が吹っ切れちまうだろ」
 「私は君が思ってる以上に君の事を信頼しているんだよ」
 君のような人情に厚い人間はそうそういないはずだから、頼れると思っているし君がそういう事をするような人じゃないと思っているから。私がそう言ってにへら、とだらしなく笑うと、大和田君はニィッと口の端を釣り上げて、「上等だァ…コラァ…」というや否や、そのまま私の唇ににちゅっとキスをする。軽いものだけかと思いきや次の瞬間、噛みつくように唇を奪われる。何度か角度を変えてそれが繰り返された後、私の唇を割って入るように大和田君の舌が口の中に侵入してきた。口の中でいやらしい音を立てながら大和田君の舌は私の舌に絡みついてくる。大和田君の鼓動が早くなっているのはきっと気のせいではない。そして絡みつくような舌は離れようとはしない。ねとねととした違和感を私の口内に残しながらその行為を続けている。私も無理に離そうというような抵抗は面倒くさくてしないのだけれど、それが大和田君の神経を逆なでているらしくそれはどんどんと激しくなっていく。だんだんと息苦しさが勝ってきたところで、大和田君が色っぽく口を離した。どきどきという大和田君の鼓動の音が聞こえる。



 「…ッ…こんな男でもかッ…!?」 怒鳴った彼の声は虚勢を張っているだけなのか。
 「…大和田君? 以前君が言っていた限りでは女性には手は上げないんじゃないのかい? 少なくとも私はそう記憶しているよ」
 「俺を、初対面で何でそんなに信用してんだ、テメーは…何でそんなに無防備でヘラヘラ笑ってんだッ…! 俺を馬鹿にしてんのか…? 俺は強い、誰にも負けねェくらい強くならなけりゃ駄目だ。…俺はテメーみたいな弱い女に手を出すつもりはねェが…テメーがそのまま俺を馬鹿にするって言うならよ…」
 「そんなつもりはなかったんだ、悪かった」
 私は大和田君の背中に腕を回す。
 「…なッ! 何しやがんだ…よッ! 馬鹿かッ、テメーは!! 俺は…」
 「馬鹿になんてできない。君は大事な仲間だ…私が男女間の交流について少し疎いのはわかっているつもりだけど不快感を与えていたなら今後気を付けるよ」私は見えない大和田君の表情を想像しながら、どくどくと早鐘を打つ大和田君の鼓動を静かに感じる。「今回の件は、これで許してくれないかな?」
 「…ったくテメーは…、つくづく変な女だよなァ…俺にビビらねーどころか変な度胸まで据わってやがるしよ」
 「大和田君、強面でも根はいい人だから」
 「…ッ!! お、お前、この状況で殺し文句かよ」
 私は大和田君と目線を合わせるために腕をゆるめて上を向く。
 「ん? 殺し文句…?」
 「…無自覚な…のか…?」
 私は眉を顰めながら首をかしげる。「ねぇ、変な事言った…?」



 「…襲われる覚悟はできてるか、オイ」
 「…え?」
 「…出来てるんだよなァ? そうなんだよなァ? そこまでしてるって事はそう受け取っちまうぞ、……もう俺は…」
 「大和田君? どうし、…た」
 「限界だ」



 ぞわり、と彼の何かのオーラが私にぶち当たる。大和田君はこんなにも簡単に理性が吹っ切れてしまうなんて聞いてない。これは虚構なのだろうか、と私は考える。徐々にまた迫ってくるそのニタリとした悪魔のような顔を私は多分一生忘れないだろう。私は何だかいろいろなことが駆け巡っていく走馬灯が脳裏を駆け巡っていくのを感じながら、これはもしかしたら命の危機なのかと考える。いや、これは男女間の営みの……いや、うん、…そうか、そうなのか。ぼうっとしている間に大和田君の端正な(そういえば綺麗な顔をしている)顔がしかるべきところまで近づいてきて、徐々にまた口内に大和田君の舌が入ってくる。先ほどよりも激しく、荒々しい。またお風呂に入らないとダメかな、と私は別の事を考える。



 面倒くさいもうどうにでもなればいい、それを最後に私は彼に身を任せた。


















()(20100212-20120818:お題ソザイそざい素材)精神的にきてた