(20120902)弾丸論破系

　さて私の天才的な頭脳を用いて思い出してみよう。
　入学式の日は、うとうとしながら学校にやってきた。立派であるらしい模範的な父の自慢らしい外車でゆられてきた私は学校に着くや否やその父親にずるずると車から引っ張り出されて外に出ると伸びをした。今日もとてもいい天気だ。すばらしい昼寝日和である。私は絶好の昼寝スポットのたくさんありそうな学校だと、うんうんと頷いて学校の校門をくぐる。「君もここの生徒なのか？」と聞かれて振り返る。枕をぎゅっと抱きしめながら、こくんと頷いた。私は今日から生徒だ、というところから私の記憶は始まって先ほど石丸君と奇妙な柄の教室で遭遇するところまでドドンと記憶が飛んでいる。思い出そうとしてもなんだかもやのかかったように思い出せない。私は寝ぼけながら教室まで歩いてきたのだろうか。思い出そうとすればするほどに頭痛がひどくなる。なぜ私の天才的な頭脳でも思い出せないのだろう、もしかして使っていない自堕落な頭を無理やり稼働させようとしたせいで頭がイライラしているのだろうか。私は徐々に吐き気がしてきて、考えるのをいったん休止する。

　「…？」
　「初対面なのだ、八雲くん。当り前だろう」
　石丸君は玄関ホールが閉ざされていることに絶望し（この時点で私が来た時とは状況が異なり、すでに矛盾が生じている）、しかも、さもそれが当然であるかのように言った。まるで私がおかしいみたいだ。全くなんなのだろう、何を言っているのだこの人は。私は更に意味が分からなくなる。眉をひそめる。他の生徒も一通り見まわす。みんな見たことのある顔なのに、みんなどこかで会ったような気がするデジャヴを感じるのに、みんな妙によそよそしい。なぜこんなことになっているのだろうか見当もつかない。私は今の状況が分からない、こんなことは初めての事だ。そういえば酷い寝癖だった前髪も同じように癖のついた後ろ髪も、先ほど江ノ島ちゃんと名乗る女の子が直してくれた。さすが女の子であると感心する。私は飼い猫のようにおとなしくされるがままになっていた。

　「つーかさ、初めて会ったんだから自己紹介くらいしとこーぜ」
　超高校級の野球選手という肩書を持つ桑田君の言葉と私に向かって集まる視線に、まさかここでバッチリお前犯人かと思われるのも怪しまれるのも今後の展開的に非常にまずいと思い、私はちょっと気まずい空気から視線を逸らすために持っていた枕に顔をうずめながら答える。「私は八雲」
　「オレは桑田怜恩、よろしくぅ！」　桑田君は私の頭をがしがしと撫でる。ぐるぐる、と何だか私の喉が鳴る。猫じゃないんだから。そんな和気あいあいとした歪な自己紹介の流れ。私は懐かしいような妙な感覚に襲われながら桑田君の手の襲来に身を任せていた。男の子独特の手のごつごつしたような感覚がここちよい。

　「なーんか八雲ちゃんって初めて会った気がしねーんだよなァ、何かネコっぽいし！　いい匂いするし！」

　彼はそう言ってケラケラと笑った。私はぼうっとしながら彼を見る。やっぱりどこかで見たようなデジャヴを感じる。
　「あーセクハラはダメだからね！」と朝比奈ちゃん。
　「…そ、そんなんじゃねーよ！」と、ころころと表情を変える桑田君。やっぱり面白い人だ。

　で、こんな雰囲気でだらだらと自己紹介が進んでいくかと思いきや、私から吐き出された名前を聞いてあからさまにその端正な顔を歪めるのが一人いたのを私は視界の片隅で見逃すことができなかった。十神だ。私の家系は『十神』の人間と私の仲が悪いわけでは全くない。むしろ『十神』と『八雲』という家柄は家柄的にとても友好的な関係を築いている。しかし彼は超高校級の御曹司と呼ばれるにふさわしく帝王学やらなんやらで何やらやらかしたようなので調子に乗っているらしく、おまけに私という婚約者（親が勝手に決めているだけなので私にだって否定権はある）という関係を最大限ネタとして利用してくるいやらしい奴だ。私はあまり好いてはいないがきっと彼も同じだろうと思う。しかしながら信頼はできる奴だ。

　「八雲の箱入り娘か」
　「十神の御曹司…」
　こう着状態が続く。ピリピリとした空気だけれども、私は嫌な空気ではなく、寧ろ何だか懐かしさを覚える。…だが、彼に対する記憶が中学の時からすっぽりと抜けているのだ。天性的な記憶喪失だろうか…これでは若年性アルツハイマーと石丸君の事を馬鹿にしていられない。そもそも私は中学時代、彼に関する思い出は思いのほか多くあったはずだ。何故なら彼は同じ学校だったはずだから、なければおかしい。彼もそれに気付いているのだろうか、顔をしかめている。私も多分顔をしかめている。多分彼のあの顔は、『面倒なことに巻き込まれたようだが俺はこのような力に屈することは断固としてないぞ』みたいな顔だ。私もうな重が食べたいとかテレパシーを送ってみたが、届いたかどうか。

　「うな重食いたいといったような顔だな、この非常時に何を考えているんだか」
　…しまった…通じてしまった。ぎくりとすれば、十神が鼻で笑う。「非常時も何も、私はお腹が空いたのだよ。それより、ごはんはどこにあるんだい？うなぎとご飯があれば作るよ？」
　「知らん。俺たちを閉じ込めた奴にでも聞くんだな」と言って彼はそっぽを向く。
　だからと言ってうな重もうなぎもはここには無いだろう、といった周りの無言の突っ込みが胸に刺さる。

　そんな空気を打ち破るように、そういえばよォ…と大和田君が口を開いた。私はぱぁっと表情を明るくし（たつもりで）大和田君の方へ振り向く。このいたたまれない空気を打破してくれるならだれでもいいかな、と思ってしまうものがある。それからというもの、江ノ島ちゃんはじめとした全員の自己紹介は一通り終わって各々が自由会話に入りつつあるらしく私はちょこんと大和田君の隣に移動してから腰を下ろした。

　「って…お前の名前か？」大和田君は遠慮がちにそう問いかける。
　「名前だよ」
　なんだか私はいつかデジャヴを思い出す。かっこいいと真っ先に飛びついてきたのは大和田君だっただろうか。今日初めて会ったとするならおかしな話だ。いつの間に会って自己紹介を終えたのだろうか。彼の少し時代錯誤なリーゼントが怖い気がするけど、何だかこの人は根っからの悪い人ではない気がする。ぐるぐるぐるぐる、と私の中で矛盾点がいくつも浮かび上がってくる。一体いつ、彼に出会ったのか。

　「カッコいー名前じゃねーか」
　「ありがとう、そんな風に言われるのは初めてだ」
　にへら、と笑うと彼は「おう」と少し照れたように笑った。

　それが苗木君が来る十分前。

(▲)（20100223-20120818:お題ソザイそざい素材）いろいろ割愛。