「ちょっと、離してよ」

 捕まれた手首が痛かった。
 思い切り壁に押しつけられて、少しまだ背中がひりひりと痛んでいる。鞄は床にぽさりと間の抜けたような音を立てて落ちた。学生の使う鞄にしては少しだけ値の張るブランドもののそれは、今の一連の出来事で少しだけ汚れている。いいんだ、別に新しいのを買ってもらえるんだから。それにしたって、彼は一体何が気に入らないのだろうか。まるで駄々っ子かガキ大将かなにかみたい。わたしの事なんて、放っておけばいいのに。

 「貴様まだあの悪魔と契約したままなのか…、いい加減手を引かねば身を滅ぼすぞ」
 「関係ないでしょ、」わたしはキッと彼を睨む。「あんたなんかに」
 「フン…図に乗るなよ…いずれ解るにせよ俺様が直々にサタンについて話してやる…」
 「余計なお世話」
 ため息をついて腕を振り払う。抵抗すればすぐに解放されるのは、きっとこの人が優しいから。いたいくらいに優しくて、だからこそ辛い。カバンを肩にかけてその場を立ち去ろうとすれば、後ろから声がかかった。

 「あいつの恐ろしさ、後で咽び泣いて俺様の前に跪いても知らんぞ」
 「放っておいてよ、私の事なんだから」

 私のことなんて放っておけばいいのに。彼の気持ちをわかっていながらわからないふりをする私は、とても、ずるい女だ。
 廊下に響く足音がやけに大きい。















()(20121201::奪う度胸もないくせにソザイそざい素材)別所リクエストSS