絶対的な間違いが存在しているのか、そうでないのかわからなかった。どんどん歪んでいく彼は善悪として物事を見ていなくて、それでも自分のしている事は正しいとのたまう。わたしは首をかしげることも多いけれど彼がいう事も一理あった。けれど世界の理は異なるのだ。一般ではないものに軽蔑を、そして犯罪たる悪には法の裁きを。それが、しばらく前までのわたしたちの現実だった。それが覆ったのは、いつだったろうか。いつのまにか崩れ落ちて、気づけば周りは荒廃していた。彼も、そして彼の精神もぜんぶ飲み込んでいく。
 彼のことをすべて理解してしまえば、わたしもこうなってしまうのだろうか。ぶるりと身震いをして歩みを止めれば、足音がなくなったのを不審がった彼が数歩進んで振り返った。

 「外気に触れて気でも触れたか、俺様の隣を歩くならばそれ相応の覚悟は必要だと貴様ならば既に分かっているはずだが」
 「…ちょっと、歩きすぎて疲れただけ。大丈夫」
 「フン…時に休息も必要だ、我が魔獣たちも疲れている様子。貴様の進言、聞き受けてやらんでもないぞ」
 「ありがとう」
 そういう僅かな心遣いが、少しだけ苦しい。やっていることは、きっと悪いことなのだ。徐々に蝕まれていくわたしの心も、いずれ真っ黒に染まるのだろうか。あの人のように、そしてわたしにひどく優しい彼のように。

 「無理をするな、
 ふんわりとわたしのほほに触れた彼の両手は少し冷たい。「…そこに座るか」
 何も言わずに頷いたわたしは、瓦礫に紛れ原型を留めない公園にあった錆びたベンチに腰を下ろす。ふつふつと何かが燃えたような匂いが鼻をついて、鼻の奥がつんとした。となりに眼蛇夢が腰掛けて足を組んだ。

 「このまま世界は終わっちゃうのかな…」
 ぽつりとしたそのつぶやきに答えるように、遠くで銃声が鳴った。馬鹿を言うな雑種、とわしゃわしゃと頭を撫でられる。
 「そうなったとしても、俺様は定められし運命に抗う天使と悪魔の忌み子…滅びるなど言語道断。俺様は人間とは違う。もし俺様が滅びる時、それは隣を歩く事を許した貴様も同じく滅びゆく運命を共に歩んだ時のみ…いいか、覚えておけ。貴様とは既に一心同体、どんな運命だろうと俺様に付いてくると誓った筈だ。忘れたとは言わせんぞ。貴様は俺様に全て任せておけばいい。貴様に害をなすもの全て"制圧せし氷の覇王"田中眼蛇夢が円環の理に導いてやる…それだけだ」
 何も心配することはない、と彼は言う。それでも、わたしが心配しているのは、世界が終わることじゃなかった。

 「そうだね、わたしはずっとあなたの傍にいるよ。眼蛇夢がどんなふうに変わっても、わたしはずっと、隣にいるから」
 握った彼の手は少しだけ冷たい。黄昏時、ゆらぐ光の中でそれがひどく愛おしく思えた。














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