彼女の噂はかねがね、と言ったように希望ヶ峰の大抵の生徒は彼女の事を知っている。けれども知っていると言うだけで実際に見た人は数えられるくらいに少ない。何故少ないのかと言えば、クラスメイトなのにもかかわらず授業にもほぼいないから。彼女の席はいつも欠席で空席ばかりだ。彼女がどんな性格なのか、憶測でしかわからないけれどもとても可愛いらしいことは分かっている。一時期ちらりと写真が出回ったりもしたようだけれど、実は僕の場合一応入学式で会っている。と、いうよりも一方的に見たと言った方が近いかもしれない。舞園さんいわく「歩くお人形さんみたいですよ!」とのこと。僕としては舞園さんもそのお人形さんみたいだと思うけれど……。彼女の場合は舞園さんと決定的に違う。というのは<超高校級の神出鬼没>どころか、<超高校級の幻影>なんていうのが当てはまってしまうくらいに学校や教室でさんを見る機会は少ないからで、むしろ無いに等しい。宝くじに当たるくらいの確立かもしれない。隣の席である僕ですら、よっぽど見たことがないのだからやっぱり相当なんだろう。そういえば、最近大和田君も教室にいないことが増えた。しかも決まって火曜日と水曜日の三・四限にいない。僕はこれは何かあるんじゃないかと思って霧切さんに聞いてみたら「さぁ…それは本人に直接聞いてみればいいんじゃない…?」と他人事みたいだし、桑田くんも「はぁ? 何言ってんだよ気のせいじゃねーの?」と全く知らないみたいだった。僕は仕方なく、一人で探索に行くことに決める。授業をサボってしまうのは不可抗力だから霧切さんに腹痛だと伝えておいてもらうことにして、僕は教室を出た。
 まずは保健室、と思って保健室をちらっと覗くと誰もいなかったので僕はそこを後にする。いたらいたで問題だったので僕は少しだけ心のどこかでほっと胸をなでおろした。保健室にいないとなると屋上かな、と僕は定番の屋上へ向かうために階段を上る。かつん、かつんと誰もいない階段に足音がこだまする。なんだかちょっと気まずくなって、僕はゆっくりと足音を立てないように歩くことにした。かつんかつん、と歩く。それにしても静かだった。誰もいない廊下。誰もいない階段。誰もいない…それもそうだ。授業中なのだから誰かがいたらいたでそれは問題だろう。僕は二階まで上がると三階の階段まで歩いてまた階段を上り始める。わずかながら、なにかぽろろんとメロディーが聞こえてくる。かすかだけれどこれはもしかして彼女かも知れないという微かな期待と彼女に会えたら、なんて淡い興味を抱きながら。かつん、かつん。僕は四階に上がる。



 ぽろろん、と音がする。先ほどよりも確かな音だ。少し切なげで、触れてしまったら消えてしまいそうな音。まさか、と思いながら僕は足を速める。僕はこっそりと音楽室の近くの廊下から音楽室の様子を見る。ぽろん、ぽろん、そんな音が重なりメロディーを作っている。防音の扉が少しだけ開いているせいか、ピアノの音がもれているようだった。そしてそこに似つかわしくないと言っては失礼にあたるけれども、あまり関連性のない人物が。






 (えっ、大和田君……!?)



 僕はその人物と目が合わないようにさっと物陰に隠れた。なんだかいけないものを見てしまったような気持で胸がいっぱいだ。これはそっとしておいた方がいいのかと思いながらも人間としての興味がその感情に歯止めをかける。やっぱり気になる。大和田君はどうやら授業をサボってはここにきているのだろうか。どうして、なんて疑問はすぐに解消されることになる。がちゃりと扉が開いて、ちらりと人影がのぞいた。僕はがたりと身を乗り出して……乗り出して、見事に転んだ。






 「苗木、そんなとこでなにしてんだ?」



 (み、見つかった……!)
 僕はどきりとして、ぎしぎしと大和田君の方に視線を向ける。



 「お、大和田君こそ、こんなところでどうしたの?」
 「お、俺は……、いや……そ……そりゃ……アレだよ……アレだ」
 「……え?」
 「アレだって言ってんだろ! おおおお前察しろよゴラァアアアア……アレだ…お、音楽鑑賞ってヤツだよ!!」



 (どうして途中から小声?)



 なんて以前に、大和田君の顔はほんのり紅い。これは僕は随分と野暮なことに首を突っ込んでしまったんじゃないかと、嫌な汗がたらりと流れる。おそらくこの大和田君の反応を見て、なんとなく察しがついてしまったけれど。おそらく……



 「……だ、だからよォ、なんつーか……静かに鑑賞してェっつーか……」
 「ご、ごめん……! が、がんばって大和田君!」



 十戦十敗とかいつか言ってたような気がしたけれど、それが好転しかけているところを嫌な方に転ばせるのは僕だって気が引ける。だから応援してあげたいなあなんて甘い考えだろうか。もしかして強い大和田君には、そんなものは不要だろうか。ちらりとしか見たことのない彼女と大和田君がうまくいったらすごいんじゃないかなんて少し考えてぶんぶんとその考えを振り払う。



 「お、おう」






 けなげに答える大和田君を見ていたら、僕の考えは杞憂なのかもしれない。












(20110816) もう16日になってしまった…もう16日になってしまった早いなー

お題:LUMP