ふわぁ、と大きなあくびをする。今日は絶好の昼寝日和だった。桑田は授業中にごろごろと屋上で暇をつぶした後に(俗にいうサボりである)、五階から四階へ降りようとするとふと見慣れたリーゼントが目に入る。今日はアイツ屋上にいなかったなぁと思いながら桑田は再び出そうになるあくびを噛み殺した。後ろから声をかければ彼は少しびっくりしたように身を震わせ、「何だ、桑田か…ったく驚かせてんじゃねーよ」と悪態をつく。「わりーわりー」と桑田が平謝りすると、「まぁ、いいんだけどよ」と少し深刻な顔をして大和田は歩き出しながら言った。同じようにペースを合わせながら隣に並んで歩く桑田が口を開く。


 「そういやー、またサボってどこ行ってたんだ? 今日は屋上にもいなかったしよォ」
 「それより、なぁ桑田…ちょうどいい所にいるじゃねーか。…ちょっとツラ貸せや」
 「はぁ? 何だよ」
 彼にしては少し珍しく、「あー」と言い淀む。言い淀んで、絞り出しただろうそれは、桑田にとっては少し予想外なものだった。


 「テメーは<超高校級のピアニスト>って知ってるか」
 「っはぁ!? …いきなり何言い出してんだよ!? …って、そりゃ、考えてみれば確かに同じクラスだった気がするんだけどよ…」
 「同じクラスだァ…? おいおいおいおい……そりゃおかしいだろ、俺はあの女をクラスで一度も見たことねーぞ」
 「そりゃそうだって、だってアイツ入学式以来教室に顔出してねーし」
 「はぁ!? そりゃどういうことだよ…」
 「あ、でもよ、テストは受けてるらしーぜ」あれ見てみろよ、と階段を降りたところで桑田が指差したのはテスト順位表が張り出されている紙。各学年10位以内の成績上位者が張り出されているという桑田や大和田には縁のないと思われる紙である。もちろん、この学年でのトップはあの石丸だ。「あの二位のヤツ、アイツがそうらしいっていう噂だ」
 「……!!」


 二位。


 「石丸のヤローが、授業に出ていないジダラクな天才には負けはしない、なーんて言ってたぜ。…しっかしスゲーよなァ、授業も出てねーのにあの点数。うらやましー」
 「二位…」
 二位へと視線を向けると、そこには『』の文字が並んでいる。
 「はぁー噂によると相当かわいーみたいだしよー。一回会ってみてーよなぁ」へらへら、と笑いながら桑田が言う。
 「はぁ…俺、実を言うと会っちまったんだよな」
 「そうかそうか、会っちまったのか…」そう呟いたところで、桑田の表情がみるみるうちに驚きのそれに変わっていく。「…って、はぁ!? 『会っちまった』だぁ!? なんでそんな重大なこと一番最初に言わねーんだよッ! ったく、そういうのは一番最初に言う事だろーがッ!!」
 「あぁ、…悪かったな! まあそれはいいんだけどよ…」
 「ありえねー! アイツの存在が幻とか言われてんだぜ…マジヤベーって大和田……まだあんのかよ?」
 「どうも、そいつに俺は懐かれちまったらしいんだが…」
 「…はあああああああ!? …懐かれたってどういう事だよ!」
 「そーだな、まぁかくかくしかじかあった訳だがよォ…」
 かくかくしかじか、大和田が“音楽室の妖精”と称される『天才ピアニスト』のとの出会いについてところどころ端折りながら話し始める。
 「…それからというもの、何だか妙にあの女は付きまとってきやがるからな…俺の行く先々に現われる」


 はぁ、とため息をつきながら大和田はぼんやりと遠くを見つめた。についてわかることは少なく、とりあえず収穫的にあったのは『同じクラスなのに彼女のことを目撃している人物は少ない』という事、『授業に参加していないのに成績はいい』という事、くらいだろうか。となると、俺は恐ろしいくらいに彼女を目撃しているのだろうな、と大和田は思う。NASAもびっくりの脅威の遭遇率である。まあ普通に音楽室に行っているだけなのだが。…授業中だからなのか、と考えるがそれ以外はどこにいるのかも見当がつかない。結局のところ彼女については謎に包まれたままなのだ。


 「大和田、それってもしかして脈ありなんじゃねーの?」
 桑田がふむむ、と顎に手を置いて考えながら言う。
 「…はぁ? ……脈…?」
 「絶ーっ対にそーだって、間違いねぇよ。このオレが言ってんだぞ。そーだよ、間違いなくそいつは大和田に気があるに違いねーじゃん。 だって考えてもみろよ。今までクラスにさえ姿を現さなかった超ウルトラミラクルな美少女(仮)の天才ピアニストがお前のところだけに現われてるってのは、お前に気がある以外にどーいう理由があるんだよッ! ねェーだろ!! それ以外に考えられねーって!!」

 「俺は十一、いやこの間ので十二連敗…、俺を好きになるなんて奴がいるたぁ…そんな事は天変地異がない限りありえねェ」
 「バッカ野郎! 何弱気になってんだよ、お前このチャンスをふいにするつもりかよ! せっかくお前に向いてきたチャンスなんだろ大和田! しかも相手があの幻の美少女じゃねーか、乗りかかった船なら乗っちまえって! 大和田、オレはお前に彼女ができるように応援してるぜ。そのあとのことはオレに聞けば手取り足取り教えてやるからよ」
 桑田の必死な表情に少しだけ気押され、大和田は一瞬驚いたがニッと笑う。


 「…おう、ありがとよ」
 (応援されるのは、嫌いじゃねーが、くすぐったい気持ちになるもんだな)












(20110211)そんな会話があったとかなかったとか。

お題:LUMP