「おりょ? いたいた! 大和田くーん!」
 「よォ、よく来たな!」


 彼女は突然昼休みに教室へと乱入してきた。可愛い女の子だなあ、というのが第一印象。身長は僕よりも低くて、不二咲さんとほとんど変わらないのではないかと思うくらいだ。しかし見たことがないような気がする。それでもどこかで見たような覚えもあって、誰なんだろうと思いをはせる。しばらくうんうんと悩んで頭をかかえていると、その疑問は霧切さんの一言で明らかになる。霧切さんは彼女を見た瞬間に自分の顎に手を当ててふふふ、と不敵に笑った。


 「あら、珍しいわね。幻のピアニストさんが教室に来るなんて」
 「今日は大和田くんとご飯食べに来たの」
 「そう…じゃあね」
 「じゃあねー」


 霧切さんは彼女に対してそれだけ言うと、教室の入り口の柱にもたれかかるのをやめて教室を出て行った。やっぱり霧切さんは謎の多い人だ。
 一同が霧切さんの言葉を聞いて<幻のピアニスト>を目の前にして騒然とする。そんな中で彼女は至って当たり前のように、それが当然であるかのように毅然とした様子で窓際の床に座る大和田君の方にとてとてと歩み寄っていく。その様子を僕は目で追っていた。…いや、多分みんなが追っていた。
 そういえば最近、<超高校級のピアニスト>が<超高校級の不良>に懐いているらしいという噂は瞬く間に広がり一部では妙な噂が流れるまでになっているらしい。まあ、それもそうだと思う。“孤高の狼”とか“音楽室の妖精”とか“硝子少女”とか“幻の妖狐”なんて妙な二つ名がまかり通る彼女に懐かれるなんて人は今まで全くいなかったと聞くからで。確か同じ学年だったと思うのだけれど、入学式で一度ちらりと見かけたくらいで自己紹介の時ですら居なかったものだから、彼女の存在は幻だという人もちょくちょくといたとかいなかったとか。
 そもそも、入学してから彼女を見たという人も少なく目撃証言や容姿(主に美人であるとか肩に乗るサイズとかそんなところだけれど)に対する情報も人間離れしていたりしてどれが本当か分からない状態まで錯綜する彼女である。存在自体がまるで幻想のような、学校にある七つの怪談のような、話すことすら困難だと思われていたような、そんな彼女が堂々と人前に現われたことに学校の生徒はまず驚き、そしてその彼女を手名づけたとされる大和田君に皆は根も葉もない噂話を立てる。僕が聞いたのは一部だけだったんだけど、それはそれは想像を絶する噂話ばかりだったように思う。


 「うっわ、妖精が実在してんじゃねーかよ。マジかよどうやったんだよ大和田!」
 「…ふふふ…馬鹿ね。そんなの決まってるじゃない。呼び寄せたのよ、召喚したの…そうに決まってるわ!」
 じゃなきゃあんなかわいい天使みたいな子が、あんな奴に懐くはずないじゃない、と腐川さんは声を荒げる。
 「なぬ、では彼女は二次元的存在なのですな…! はぁ…萌える…これは萌えるぞぉおお!」
 「何訳わかんねーこと言ってんだよ、実在してんだろーがこのブーデー」
 「そうだべ! 俺はオカルトは信じねェんだ!」
 「ふん、…くだらんな」
 …話がそれてきたみたいだ。


 さて、教室にやってくる妖精のように綺麗でかわいくて手足が白くしなやかな彼女は、華やかでどこか儚げな空気をまといながら彼女の印象とはかけ離れに離れた大和田君に飛びつく。彼女のふわりとした琥珀色の髪がなびいた。彼女はそのまま大和田君の膝に座って手に持っていたお弁当を広げ始める。これは珍妙な光景だと誰もが思ったことだろう…と思う。桑田君は「ありえねー」とひたすら呟いているし、腐川さんに至っては「新しいネタが下りてきたわ」、なんて言いながら一人でニヤニヤしている。他のみんなも似たり寄ったりな反応をしているみたいだ。


 「…ふむ、今日も美味なり」
 お弁当の定番である“たこさんウインナー”を頬張りながら、ふわあと花の咲いたような笑顔を繰り広げ教室内にて振りまく彼女は不二咲さんにも引けを取らないくらいに天使に見える。僕の隣にいた不二咲さんが「ほんとの妖精さんみたいでかわいいねぇ」と、ふわりと笑う。僕には二人とも同じくらい天使に見えるのだけれど。


 「大和田くん」
 もふもふと先程から焼きそばパンを頬張っている大和田くんは、「何だァ」と膝にちょこんと座る彼女の顔を覗き込むように体を傾ける。彼女は箸で持っている卵焼きをそのまま大和田君の口に放り込む。…なんだって!? こ、これじゃあ『はい、あーん』とかやってるカップルみたいじゃないか! 大和田君は「おう、うめェな!」なんて呑気に言っているし、教室内は雷が落ちたような衝撃が走っているというのに本人たちは至って気にした様子もない。


 「ヒイイイイ、これじゃあリア充! リア充かね諸君。…お、おのれ大和田…僕の妖精たんに…」と山田君がぎりぎりと歯ぎしりをしている。
 何だかよくわからないけれど、僕もその意見に同意しそうな気分だ…。僕は山田君の方をちらりとみて、いちゃいちゃとしている彼らを見てからため息をついた。











(20100211)苗木君視点はふつうだからとても書きやすいですによによ。
お題:LUMP