ふと夜中に目が覚めた。伸びをしてベットの上、半身だけ起きあがる。気づけば汗びっしょりで、嫌な夢を見ていたのだろうなあとぼんやり考える。まだ頭が働いていないところに、ぐっと頭痛が襲ってきて頭を両手で押さえる。ぐわんぐわんと頭が揺れるような痛さは、まるで脳みそがシェイカーでシェイクされているみたいに変な感覚。しばらくして頭痛がおさまってくると、今度は非常にのどが渇いていることに気付く。私はゆっくりと立ち上がって、着替えと入浴セットを持って部屋を出た。どうせこんなに汗をかいてしまったのだからお風呂にザパーンと入りたいのだ。ちょっとくらいのわがままは許されるだろう。私は食堂が開いていないので食糧庫からペットボトルの水を引っ張り出して、大浴場へ向かう。 人気は無いホールをぽてぽてと歩いていると妙に自分の足音が大きく聞こえてくるから不安だ。嫌な夢を見た後なら尚更、不安になる。水の入った新しいペットボトルをパチッと開けてごくごくと飲みながら移動。ぼたぼたとだらしなく水がこぼれる。ぎゅっとそんな不安を紛らわすかのように入浴セットを抱きしめて私は大浴場へと入った。 働かない頭を何とか動かしながら脱衣所で服を脱いでタオル一枚巻きつける。ぽいっとロッカーに衣服を突っ込んで大浴場のドアの前まで移動する。 がらり、と開ければそこにはうっかり先客がいて、湯気で見えないぼんやりとした姿に私の頭が真っ白になってからオーバーヒート寸前までフル稼働する。とりあえず湯をかけて、入ろう、なんて思って湯に入ったとたん私が『じゃぽーん』なんて大きな音を立てたものだから先客がばっとこちらを向いた。あ、しまった。 「…」 「…」 両者無言のまま見つめあうこと数十秒、数分だったかもしれない。私は別段見られたところで問題はないとか考えているわけだけれども相手にとってそうではないらしかった。私がいるという状況を理解し始めた時点から、見る見るうちに表情が変化していく。面白いなあ、と黙ってみていてはダメだとは思うけれど、なんだかかわいらしくて見てしまう。頬の紅潮とか、何とも言えない表情になるとか、髪型がリーゼントにセットされていないせいか水も滴るいい男みたいになっているとかとか。普段ではなかなか見られないものだからついうっかりと相手の顔をまじまじと見すぎていたらしい。この学園は割に端正な顔の子ばかりなので(さらに声も素敵だ)目の保養には十分有り余るくらいに幸せいっぱい夢いっぱいだ。なんとかわいいのだろう。 「お、おま…、い…いつから居やがったんだ、あァ!?」 「さっき」 うーんと首をかしげる。 大和田くんはからかうのもスリルがあるので面白い。といったら殴られるだろうか、いやしかし彼は女の子に手を上げないから殴られることはないだろうけれども。 「あー、女なんだからちょっとは考えて行動するとかできねーのかよテメーはよォ。俺が男だっていうのは分かってんだろ」 こくん、と私は頷く。 「…まずいじゃねーか、こりゃまずい状態になっちまったじゃねーか」 おいおい、と彼は俯いて一人ごちる。 「…分かってんだよなァ、」 「なーに?」 大和田くんはぺしょ、と濡れたその手を私の肩に置いた。「分かってねーのか、」 「うぬ?」 「こういう状態になっちまったからには、お前は責任とってくれんだよなァ? 取ってくれるんだよなァ、そうなんだよなァ」 彼の顔にはピキピキと血管が浮き出ており、私は何か彼の押してはいけないスイッチを押してしまったらしいことに気付く。そのまま彼の上腕二頭筋もろもろにぎゅっと抱きしめられて、私は浴槽の中で大和田くんの胸筋にダイブすることになった。ちゃぷん、と水面が揺れる。…こういう状況、とはどういう状況なのか私にはさっぱりわからないことも無いような、そんなことなくも無いような。あれ、どっちだかわからなくなってきたのだけれども、大和田くんを見上げれば意外と目が本気とかいてマジとよむモードに切り替わっていたので私はすうっと寒気がして頭がじわじわと冴えてきて身の危機を感じたのだけれど時すでに遅し、とでもいうべきなのだろう。 「大和田くん?」 私が名前を呼んだらバッチリ目が合って、「…そんな目で見てんじゃねーよ」と凄まれる。狂気的な笑みを浮かべている大和田くんはもう離してくれそうにないばかりか、それがどうやら逆効果だったらしく私はじりじりと柱に押し付けられる。大和田くんの顔が近くに大接近しすぎてよくわからないくらいに近くなる。目を瞑ると、まるで噛みつくように荒々しい彼の唇が私のそれに重なる。 「…ったく今更気づいても、遅せェーんだよ」 |