彼女は夜の十時手前になってやってきた。もうすぐ夜時間じゃねーか、とかそういう突込みはオレは知らねーから無視無視。
 シャワーを浴びたあとベッドの上でわしゃわしゃと髪を乾かしている時に、ぴんぽーんとインターホンが間抜けに鳴って超ウルトラミラクルにビビっちまったとかそういうことはぜってー無い。そんなわけでオレがタオル片手に(まったく護身用にもならないが)慎重にドアを開けると、なんとそこに立っていたのは<超高校級の自堕落(自称)>のだったのである。そして彼女は開口一番にこういうのだ。


 「よっす」


 意味が分かんねー。一瞬何しに来たんだコイツ殺されるのかオレと思ったが、自堕落である彼女が衣食住にいたるまで何でも用意してくれる<学園>を出ていきたがるはずがない気がする。あくまでも数日過ごしたオレのカンでしかねーけど。それは彼女がモノクマの言葉に答えた一言からも受取れたし、普段の生活からもそれがじわじわと伝わってくる。彼女は誰とも分け隔てなく馴れ馴れしく(なぜかは分からないが性分なのだろうと思う)接しているし、みんな仲良く暮らせばそれでいいと考えているようで、本人もそういっていた気がする。しかもそれを望んで来たと言う。喋れば喋るほどに謎が深まっていく、謎の女だ。それが間の抜けた演技だったのか、と一瞬怖い考えがよぎったが、ぶんぶんと首を振ってその考えを振り払う。いったい何の目的で来たんだコイツ。女だと思っていても何だか彼女を取り巻く不思議オーラが性別を超えた何かを感じさせている……とか、マジ童話から飛び出したレベルの不思議少女すぎて言葉にできない。強いて一言で表すなら動物と会話できそうとか、物と話してそうとか、オレには見えないスタンドが見えるとか、蝶々がいたら森に迷い込むまでどこまでも追いかけそうとか。そんな感じだ。そうそう、まるででかい猫みてーなんだよな。そういや、そんな彼女にも学園内にそんな奴のファンが少なからずいて、ファンクラブがあるとかないとかそういう話をうっかり聞いたことがあるけれども、確かに顔はかわいいから何となく頷ける。それより、だ。


 「つーかさ、何の用だよ。もう夜時間なんだけど」夜這いなら嬉しいんだけどっていうか大歓迎、という言葉を飲み込む。
 「誰かの部屋にいれば恐怖がまぎれるという天のお告げを聞いて隣の部屋の桑ちゃんを頼りにきた」
 「はぁ?」
 どこかの電波をジャックしたくらいの電波だった。




 (君は無自覚だから、)
 刹那、どこかで聞いたような言葉が頭の中でリフレインする
 (桑ちゃん、君を信頼しているからこそ頼っているのだよ?)
 彼女の言葉だろうか、しかし会って日もない彼女の言葉が……
 (そんな野球バカが友達だから、)




 「うぬ。私は彼女がこわい、嫌な予感がする」
 でもハガっちに聞くと巻き上げられそう、とか彼女がもそもそ呟いている。『ハガっち』はおそらく葉隠のことだろうけど、ちゃんが指す『彼女』が誰のことかまったくもって分からない。恐ろしいと言えば、体格が異常なほどにデカい『彼女』しか思い浮かばねー。いや、他に思い浮かぶのだろうか。オレにはわかんねーし。ま、いっか。
 しかし焦っていたせいであまり見ていなかったけれども(今になって考えれば少し惜しいことをしたと思う)、彼女は今、非常にラフな格好をしている。夜時間もそろそろ始まるしシャワーだって浴びただろうし、それもそうか、と思い直す。が、キャミソールの上に羽織っているシャツのボタンは全開だし、そういえば胸のラインが綺麗に出てるところを見ればノーブラだし、何だよこれやっぱり夜這いかよ……と考えた所で理性が吹っ飛びそうになるのを持ち直した。よくやった、さすがオレ。そういえば下はショートパンツを履いていて普段の制服では出してない足がキレイだなーとか思っちまって、思わずオレは彼女を意識してしまって固まる。……な、だってこんなに胸がでかいとか諸々のそういうのは制服の上からじゃなかなかわかんねーし。男なら自然とそういうところにばっか目がいっちまうっつーか。そもそも男の部屋に来るのにこんな格好でいいのかとか、ふつうこの状況で夜来るかよ、とかそういうことを考えてしまって彼女の言葉が頭の上を右から左へ流れていくのにさっき気づいた。


 「…桑ちゃん、鼻の下がだらだらで情けない顔」
 「なっ!」
 表情に出ていたのも恥ずかしいが、指摘されると効果は倍増する。……じゃなくて。
 「布団も枕も持参したから床でいい」彼女はそう言いながらあくびをして、つかつかと部屋の中に入ってくる。そしてそのまま適当なところに布団を敷いて床で丸くなる。三秒後にすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。


 「はぁー、ったく何考えてんだのヤツ。苦労させられるよなー、オレ毎回毎回こういうのばっかじゃねーか」
 ドアを閉めて鍵をかける。オレは床で丸くなる彼女にゆっくりと近づいて、そっと頬に手を触れる。そういえばまつ毛が長い。ごろりと寝ころんだ彼女を見るとキャミソールから見える胸の谷間に目が行っちまって、また一瞬欲情しかけて「あぶねーあぶねー」と視線を逸らした。












×)(20110207)//LUMP