「木田君」 「あぁ」 生徒会室の前で呼びとめられ、振り向けばその先にはがいた。彼女が1年でこの学校の生徒会長に上り詰めて、はや2年が経とうとしている。とてもかわいらしい顔立ちをしているのに、言う事はしっかりしている。そんなきつい口調から、陰ではこっそり「腹話人形」と呼ばれているらしい。誰か彼女をあやつって、しゃべらせているのではないかという何の根拠もないうわさ。そんなうわさから、うまく言葉遊びを交えてつけられたその名前を、どうやら彼女も知っているらしかった。 人気はある、しかし近づきがたい。そんな彼女と打ち解けているのは俺がうっかり生徒会のメンバーとして抜擢されてしまったからであり何かの陰謀に違いない。最初こそ周りからの熱い妬ましげな視線が鬱陶しかったものの、慣れとは恐ろしくいつのまにかそんな視線にも慣れてしまっていた。恐らく、彼女と同じように俺も近づきがたいオーラを持っているからだろうと一人推測する。 「あ、これ」思い出したかのように適当に渡された白い封筒には、縦書きの毛筆文字で木田君へ、と書いてある。 「何だよ、これ」 まるで果たし状だった。顔を顰めながら受け取れば、そんな事も知らないのか、と言ったようなが首をかしげる。 「知らないの、ラブレター」 「誰から」 「私があなたに手渡したのだから私に決まってるでしょう」 「ああ」 妙に納得する。確かにならやりかねなかった。しかし待てよ、だとすれば俺の推測が間違っていない限り、俺はに何らかの告白をされていることになるわけだが、これはとんだ地雷を踏んづけてしまったらしい。俺の中でなにかが爆発した音がする。 「返事は?」 「俺はまだ開けてもいない」 「開けて」 本人を前にしてラブレターを渡し返事をすぐに要求することほど無駄な事はない。ラブレターとは本来ときめきながら屋上に行くものではなかったのだろうか。隣同士の家で文通するレベルに、この行為が意味を持たないことだと思いながらも、俺はその封を切った。中から出てきたのは三つ折りの婚姻届だった。のほうは全て記入してある。これはどういうことだ、と頭で考える前にの「返事は?」という言葉が飛んできた。確かにと付き合うのは、願ったりかなったりといった所なのだけれど、結婚となると話は別だ。そもそも、まだ高校すら卒業していない。そうだ、俺はまだ結婚できる年齢じゃない。 「ちょっと気が早くないか」 「どうせ結婚するんだから早い方がいいわ」 「お前絶対に長続きしないタイプだろ」 「貴方が肯定すれば、他の男なんて用無しよ」 「俺はまだ結婚できる年齢じゃない」 「一年付き合ってあげるから、そのあとに結婚できるわ」 なら椎名とタイマン勝負で勝てるかもしれない。一瞬だけそんな考えが頭をよぎる。 「どうなの?」 こういう時だけ、がかわいさを最大限に押してくるから困る。恐らく本人は無意識的にやっているのだろうが、この攻撃をくらうこちらの身になってみてみろ。と少しだけ思う。上目使いは、反則だった。そして彼女が俺を好きだと言う衝撃の事実も、反則だった。 「…その、なんだ……俺でいいのか?」 「木田君以外に私の相手が務まるわけないでしょう」 一発で相手を切り捨てるところなんて、郭にそっくりだ。そんな事を思い出しながら、椎名と郭との顔が俺の頭の中でうかぶ。三人とも美形の集まりのくせに、口が悪い。やはり神は欠点をいくつか作るらしい。完璧な人間なんて、この世にはいないのだ。なんとなく、それを実感した。 「そうだな」 「よろしくね、木田君」 「ああ」 「あ、そうだ」と、彼女は思い出したように言う。「木田君、今日は家で結婚祝いだからよろしくね」 「断られたらどうするつもりだったんだ」呆れたように返せば、が自信ありげにこういった。 「そんなこと木田君がするはずないもの」 俺の恋路は、前途多難である。
おためごかしにリボンをかけて
(20120312:ソザイそざい素材▲) |