はまるであたりまえかのように、「私はべつにいいけど」と言った。「だってみじめに追いかけてまで縋りついてもしかたないもの」とも。こういうとき決まっては強がっているだけで、感情を押し殺したように無表情になる。淡々とした口調は、感情が揺れることを悟られないように。そんな強がりで意地っ張りで、強情で、そのくせ他のひとよりも脆いのそんな部分に、俺は自分を重ねていた。嫌いではない。でもやはり愚かだ。
 こんなことをしても、人は気づかない。気づかれないままに去っていくばかりだった。


 といると気づかされることが多い。彼女は俺と似ているようで違って、違っているようでとてもそっくりでまるで兄弟か双子かなにかのような因果で結ばれているみたいだったし、俺はきっと前世でそういう関係だったんじゃないかと思っている。そんなはいつもマイペースに動き、言葉にするのは考えてから口にするから少しだけ他の人よりも動作が遅い。それから、俺のことによく気づく。「英士くん、髪を切ったね」だとか「その服新しく買ったの? かっこいいね」だとか。そうそう、さりげない気遣いもよくできる。嫌なことがあったときなんかは、そのことにふれないように、それでも自然に明るく振る舞って俺のことをいちいち気遣う。たわいもない些細なことに、よく気づいて報告をする。そんなところは、少し好感が持てた。俺にはできないことを、普通に平然とやってのけてしまうは、ほんとうはとてもすごいのではないかと、そう思う。だから、惹かれていて、も自分に足りない部分を補うようにあたりまえのように俺の隣にいるのではないだろうか。


 「今日は何の日か知ってる?」
 そんなふうに言ったからついこの間もらったように思うバレンタインのチョコレートは、あまり甘さのないビターチョコだった。大人びたしろい包装紙に黒いサテン生地に細かい白ドットのついたリボンをふわりとかけたような、シックでオシャレにまとめられていたラッピングも、少しだけ不器用に作られているトリュフも実にらしくて、俺にも似ていた。味は普通だった。


 「らしい贈り物だね、ありがとう」
 「そういってもらえたら、嬉しい」
 そういって彼女はふにゃりと表情を崩した。これを見ると妙に安心感のある、そんな顔だ。


 「ホワイトデー、何が欲しい?」
 「少し気が早いんじゃないかな」
 「そんなことはないよ、の好きなものならなんでもあげる」
 それを聞いて、くすくすとは笑った。「ふふふ、英士くんってたまにおもしろいこというよね」
 「そう?」俺はの笑いのつぼがいまいちまだつかみきれていない。「俺は普通だけど」
 「英士くんのそういうところ、私は好きだよ」


 まだ少しだけ残る笑いをこらえながら、は口に手を押さえて「ふふふ」とこみ上げてきた笑い声を漏らした。俺は少しだけその様子がおかしくて口角があがる。こんなにも単純なことで、嬉しかったりすることは他の女たちではなかったことなのに。は自然と周りを笑顔にさせる空気でも持っているかのように、ひだまりのような温かさを持っている。それは結人のような燦々としたものではなく、それでもほのかな春の日差しを感じる。そんな心地よい空気のなかにいるような、そんな感じだ。結人の場合は、落ち込んでいた気持ちが晴れやかになるような輝きで、それも同じ効果をもたらしている。それは、おそらく俺にはないものだから、時々うらやましくもあり、妬ましくもある。そう言ったところで、おそらくも結人もへらりと笑って交わすのかもしれない。「馬鹿だなぁ、そんなこと気にして」なんて言いながら。


 この間、が久しぶりに家に来た。クッションを抱きかかえながら部屋でくつろぐの横顔はなんだか作りもののようで、少しだけ不安になる。本当にこのまま作りものになってしまうんじゃないかという不安と、このまま魂が消えてしまうんじゃないかという不安、それでも、ここにがいるという安心感がせめぎあって近くにいるのに遠いところに言ってしまうのではないか、と考える。そんなことになる前に引き留めて、つなぎ止めていたいと思うのは、俺の方だけなのかもしれない。どちらかといえばドライなは「去る者は追わない」と口癖のように言う。それでもそれは強がりだと知っているから。


 「
 「うん」呼べばはこちらを見て首をかしげた。ぼんやりと窓の外を眺めていたらしいが、呼べばしゃきっとこちらを向く。「なあに」
 「は俺がいなくなったらどうする」
 「かなしいと思う、でも泣かない。だって私がいなくなったとしても英士くんはわらっていてくれると思うの。私がかなしい気持ちにならないように。そのままの生活で、ただ私がいなくなったように振る舞うの。たぶん私はそんなことを考える。そんな風に振る舞う。だけど心にね、穴が開くんだ。とってもおおきくて、何をいれても埋まらないような、そんな穴が。埋めようとしても、埋まらなくて、だからいなくてもいるように振る舞うの。まだ心の中には存在してて、返事をしてくれるから」
 「はそれでいいの?」
 俺はへらりと笑うに少しだけカマをかけてみる。好奇心だ。
 「よくはないと思う、でも」そこで一瞬だけ、は少し言葉を考えるように止めた。「そうすることでしか、悲しさを埋められない気がするの」
 「そう」
 「英士くんは、そういうのあんまりなさそうだよね」
 「冗談やめなよ」


 こんなにも俺は嫉妬深いのに。がいなくなってしまったとしたら、俺はどうしようもなく取り返しのつかない人間になってしまうかもしれない。あくまでそれは仮定としてしか考えられないけれど、それは確かにと同じだった。気持ちの面でも、体裁も、本当にギリギリでしか生活ができなくなって、結人も一馬もきっと異変に気付くんだろう。そこまで落ちぶれないかもしれない、でもきっとプレイには影響してくる。肩をすくめた俺にへらへらと申し訳なさそうに、が謝る。


 「そっか、ごめんね」
 「わかればいいよ」
 「でもね、もし別れることになっても、私は縋らないと思う。あ、そうかって思うくらいで頭がついていかなくなっちゃうと思うんだよね」
 「え?」一瞬何の話か分からなくなって、現実が追い付かない。
 「だって縋って泣く女ってすごくみじめでしょう?」
 くすくすと笑って、それでも心のない笑い声。俺はため息を吐く。


 「なに無理してんの、俺が振る事なんて俺が死ぬまでは絶対にないよ。以上の存在なんてきっとできないんだから」
 「英士くんってすごく頼りになるから、私、頼りすぎるかもしれないよ?」
 「馬鹿みたいに頼りにしたらいいよ。のためなら、いくらでも頼りになれるように頑張るから」
 「もう、どうしてそういうことサラッと言っちゃうかな」
 「本当のことだから」そう言えば、は照れ臭そうにありがと、と答えた。




 がどこか少しだけ上の空だったのは今日がホワイトデーだからだろうか。今日のは少しだけ不自然さを漂わせていた。それは駅前で待ち合わせた時からだ。いつものように手を振って駆け寄ってくるわけでも無く、ぼんやりとどこか虚空を見つめていたし、どこか会話の相槌も上の空。ついに、これはおかしいのではないかと思った俺は、ぼんやりと気持ちをどこかに置いてきたようなを連れて映画館に入った。


 「どうかした?」とか「はっきりしなよ」なんて聞いても曖昧な返事しか返ってこない。
 「ね、じゃあ今日、」こうなったら何を言っても罰はあたらないのかもしれない。とだんだん別の意味で楽しくなってくる。こっそりと目的の事を言えば、彼女はやはり生返事で「うん」と答えた。本当に不用心だ。俺はくすくすとこみあげてくる笑いを押さえながら彼女に冗談交じりに忠告する。「後から後悔しても、知らないからね」
 「うーん……、ん? 何か言った?」ぼんやりした意識の中から、ようやくが帰ってきた。
 「何も。後で覚えておいてね」
 「え?」何を言われたか分からない、といったように彼女が首をかしげる。これは聞いていないが悪い。「英士くん、もう一回言って」
 「だめ」

 チケットを買って座席に座れば、くいくいっと横から袖をひっぱられる。だ。「どうしたの」
 「英士くん、あのね」






 そして彼女が俺の耳元で少しはずかしそうに言ったのは、それはまさしく俺がさっき彼女に言った言葉で思わずくすくすと笑いがこみ上げてくる。「一日中頑張って悩んでたのに」と突拍子もなくそんな事を言う彼女は、まるでおもちゃを買ってもらえなくておもちゃ売り場でだだをこねている子供みたいに頬をふくらませた。そんな彼女が俺は好きで好きでたまらなくて、近づいた拍子に唇にそっと触れた。「もう!」とかわいらしい声を上げて、彼女が怒る。





余念のない乙女心















(20120224:ソザイそざい素材