それが現実だと、認めざるを得なかった。


 「届いてないだろ、それ」
 「そっか」


 しょんぼりとする彼女を、慰めながら手籠めにするのは簡単なのかもしれない。ずるい人間だった。自分のものにしたい。その独占欲は留まる事を知らずに、俺を蝕んでいく。酷い事も平気で言えるようになる。それは全て、彼女が俺に振り向くまでの、猶予期間でしかないのかもしれない。三上のような男に、彼女はもったいない。あの男に渡すくらいなら、まだシゲにとられた方が、マシだった。それでも、譲る気はなかった。けれど彼女と話しながら、慰めながらこんな事を考えているなんてことを知ったらどう思うだろうか。軽蔑して俺と話す事もしなくなるのだろうか。そんな事になってしまったら、俺の精神は、きっとぼろぼろと崩れ落ちてしまうのだろう。俺はこんなにも固執して彼女を、喉から手が出るほどに欲している。それを出さないように、ご自慢のポーカーフェイスを表情に張り付ける。小島にも呆れられるくらいだからきっとこれは相当ひどいものだろうと、うすうすながら感じている。それでもやめないのは、ただ単純に彼女を失いたくないだけ。ただそれだけ、だ。
 モテている、それは自分でも自覚していたけれど本当に好きな人に振り向いてもらえなければどれだけモテたところで意味なんてなかった。きゃあきゃあとした黄色い声は邪魔でしかなく、そこに彼女がいない時点で、意味のない雑音へと変わる。それは大衆の中にいても孤独でいる事と等しく同じだ。俺は、汚れている醜い感情をひた隠しにしながら、ひたひたと彼女に近づく。本当に、ずるい人間だった。ああ、本当に。


 「だよね、私みたいなのが、ああいう人気のある人なんて、無理だよねぇ」


 少しだけ目に涙を浮かべて、自分を傷つける言葉ばかり選んで。俺はそこにつけ込んで、優しく包み込むふりをする。全ては、彼女の幸せと言う名の自己満足のため。彼女が自分を卑下する言葉は、聞いていてあまり気持ちのいいものではなかった。それでも、そうして諦めてさえくれれば、俺にもつけ込む隙が生まれるから、少しだけ、心の中が熱くなる。そういう自分が、俺はひどくきらいだった。そんな事しかできなくなってしまう俺は、無力でしかない事がわかってしまうから。


 「はいはい」
 「本当に、水野くんは私に優しいよね。他の女の子なんて相手にもしてあげないのに」
 「ばーか、お前は他の奴とは違うだろ。きゃあきゃあって、うるさく叫ばないし……」
 「そんなことないよ。私もジェットコースターに乗ったら、きゃあきゃあ叫ぶよ」
 「その言い方じゃ、俺が絶叫系の乗り物みたいだろ」
 「どっちかって言えば、水野くんはメリーゴーランドかな」

 「なんだよ、それ」


 ため息を吐きながら言えば、彼女はようやくくすくすと笑った。俺はそれに少しだけ安堵する。義理チョコですら、彼女からのものだという事が嬉しかった。大勢に渡していたとしても、俺の為にくれたものに、変わりは無いのだから。本命だろうが何だろうが、最終的に彼女が手に入れられるのなら、その程度は些細な問題だった。少なくとも、スタートラインには、立っているつもりでいる。


 「水野くんはいいよね」彼女は唐突に口を開いた。珍しく嫌味を言いたいらしく、頬が膨らんでふくれっ面だ。「羨ましいくらい」
 「はぁ、何がそんなに」
 「女の子、選び放題でしょ? 私もそういうふうにできていれば、好きな人と結ばれたのかもしれないね」


 唐突にそんな事を言う。俺が羨ましい、だなんて本当に純粋だ。それ故に、彼女は少しだけ愚かだ。そこにつけ込んでいく俺は、もっと愚かで、そしてその愚かな俺は好きな人を目の前にしても、こんな態度をとる事しかできない。だから、


 「人生そんな風にうまくいってたら、全然苦労なんてしないぜ」
 俺が立ち止まれば彼女は二、三歩先で立ち止まった。「どうしたの」と、小首をかしげる。
 「別に、なんでもいいだろ」
 「また、そんなこと言うんだね。水野くんそういうのよくないよ。自分だけ我慢しても、だめなんだよ」
 「知ったような風に言うなよ」
 「うん、でもね、本当のことだから」


 (水野くんって、嘘つくとき、そうやって強がるから。)

 いつか彼女がそう言ったように、俺は強く振る舞っているだけなのだ。本当は手に入れたくて仕方がないのに、本当はこの腕で抱きしめていたいのに、体裁がそれを拒んで、理性をひたすらに邪魔し続ける。そんな事をしては、嫌われてしまうのではないかという、そんなマイナスの感情が、俺をひたすらにその場にとどめておく。だから行動ができない。それが所詮ただの言い訳にすぎなくても、俺がまだ臆病でいることに変わりは訪れてはいなかった。もしかしたら、こいつが、変えてくれるのかもしれないと言う希望を、持っているのにそれができないのは、ただ単純にこの関係が崩れてしまった時が怖いからに他ならない。壊れてしまったものが元に戻らないように、壊れてしまった関係は、元には戻らない。だから、恐ろしいんだ。

 こわいだけなんだ。彼女をうしなうことが。




 「水野くん、ごめんね」
 「……何が、俺に呆れたか?」
 「ううん、違うの。ちょっとね、水野くんに嘘を吐いた」彼女はふるふると首をふって、少しだけ俯きながらくるりと前を向いて俺の方から顔をそむけた。「三上くんにバレンタインのチョコレート渡したのはね、本当だけど嘘なの」
 「はぁ?」
 「だからね、義理チョコ」
 「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことか俺には……」
 「カンのいい水野くんなら分かってると思うけど、やっぱり私はそういう駆け引きは昔から苦手で相手がぼろを出す前に自分から白状しちゃうんだよね」はーあ、と彼女がため息を吐いた。「あのね、ホントは水野くんに渡した方が、本命なの。わかるかな、私ね、水野くんがすきなの」


 よくわからない真っ白な波が、じわじわと頭を浸食していく。俺は一つだけため息をついて手前にいる小さい頭を小突いた。


 「ばーか、そんなのわかってるよ」
 「うそつき」





願いを込めた隠し味















(20120226:ソザイそざい素材