「ね、サクちゃん。好き」
 「は」
 「サクちゃんがね、好きなの」

 突然の事にどうしようもなく、俺は混乱していた。そして目の前にいるが、突然可愛らしく見えるものだから余計に訳が分からなくなる。でもは幼馴染で、そして上原はの事が好きで、俺はそれに少し協力していたから、これからどうしていけばいいのかを考える事で俺の小さな脳ミソは必死になっていて、今の状況に全くついてけない。要するに一言で言ってしまえば、は俺の事が好きだと、そう言っているだけなのだ。簡潔にまとめてしまえば、事は単純だ。ただの告白なのだから。しかし、残念ながら俺の中の状況はそれほど単純ではない。どろどろの血液よりも、たちが悪かった。


 「返事はいいの、フられちゃうんだし」


 俺から顔をそむけるように、俯いて道路を見る。長いとも言い難い、それでも量の多いまつげが下を向いた。彼女の事は嫌いではなかったけれど、事情が事情だった。俺には今、人生で一大事がおこっている。友情を取るのか、恋愛を取るのか。その判断が迫っていた。彼女が何かを真剣に話しているが、しかし彼女の言葉が頭に入ってこないのだ。俺はそれほどまでに混乱し、真剣に悩んでいる。幼馴染で、こんなやつがいて、それで他の女が目に入るかと言えば、答えはノーだ。だから彼女がいた事なんて今までないし、これからも以上の女が現れるかなんて聞かれたらきっと答えはノーだ。そしてその女が現れたとしても、俺になびくなんてそんな事がある確率は限りなくゼロに近い。
 がいい女だと思う理由。それはがサッカーをして夢を追いかけている俺を応援してくれていると言うことが一番に上がる。
 よく若菜の話を聞いた。俺の彼女可愛いんだ、という自慢だ。でもとっかえひっかえしていると聞く。それはよくある「仕事と私、どっちが大事なの?」という質問に似たような質問が原因だと言う。「サッカーと私、どっちが大事なの」それが原因で、別れると言う。そりゃ、若菜ならサッカーって答えるよなぁ、と考えたところで、が俺に抱き着いてくる。とん、と背中にほそい腕が回る。


 「あのね、ちょっとこうしててほしいの」


 その点、は違った。俺が試合に出ると言えば毎回毎回こっそり変なサングラスをかけて変装を繰り返して応援しにくる。本人は目立つのが嫌ではずかしいから変装しているつもりだと言うが、逆にその姿は目立っていた。まるで逆効果だったのがおもしろかったから、俺は指摘していなかった。思えばそれが原因だったと思う。夏の試合には金髪の腰まであるウィッグに、普段着ないようなTシャツ、そしてデニムのショートパンツを履いてすらりと長い脚を惜しげもなく露出していた。ヒールのあるサンダルを履いて普段していないような化粧をして。すこしだけ大人びたような姿。背伸びしたような彼女の、変装姿はとても目立った。なぜなら、美しいからだ。
 綺麗な人だな、誰だよ、という声が口々に響く中で、俺も初めは誰だかわからなかったものだから、試合が終わって監督の話が終わった後にまっすぐ俺の方にまっすぐ歩いてくるその金髪美女にどぎまぎしてしまった。「どちら様ですか?」なんて聞けば「ばーか」となんとも親しげな声が帰ってきて、そこでようやく初めて、(ああ、だったのか)と気づいたくらいだった。それくらいに完璧に誰だかわからない変装だった。しかし変装の意味を持たないくらいに、フィールドの俺よりも目立っていた。少しだけそれが悔しい。
 あの時、はなんといったか。それははっきりと覚えている。


 「サクちゃん、」


 ずるずる、と鼻をすする音。の声が上擦って、涙交じりの声になってきた。ちょっと上目づかいが、そそる。ごくり、と固唾を飲む。
 そうそう、あの後からだった。上原がに興味を持ち始めたのは。最初は会わせなければよかったと、そう思った。だってそうだろ、あの初々しい感じの顔を見て断れない奴なんて限られてくると、俺は思っている。上原は得な奴だが、それでもツイてない奴だった。だから、こういう事になってこじれるんだ。これはの判断で、俺の責任じゃない。だから、上原、恨むんならの方だぞ。
 そんな事を思いながら、俺はの背中に腕を回した。「えっ」とから驚きの声があがる。当たり前だ、俺だって驚いている。少しくらいこうしていたって、罰なんて当たらない。少々身勝手な理由なことは重々承知だが、そんなこと言ったって俺は以上の女なんて思いつかないし、俺に好意を寄せてくれるかわいい奴なんてどこを探してもくらいだ。彼女になってくれるっていうならこいつを嫁に貰いたいと思ってるくらいなのに。なんだ、俺本気じゃん。やっぱり上原なんかにやれるかよ。


 悪いな、上原。は俺が貰って、俺が絶対に幸せにするから。




 「ばーか、何勝手に決めつけてんだよ。俺は前からお前しか見えてないの、気づいてなかったのかよ」





まるごとあげる















(20120225:ソザイそざい素材