(毒のある微笑) 校外ランニング10キロメートルから高山君を筆頭に、サッカー部の面々が校庭に顔をあらわしはじめるのを私は教室の窓側の席から見下ろしていた。一番乗りで通算何回目の勝利みたいな話をカズくんとしている。私は思わずカズくんを目で追った。カズくんは頭がいい。そして運動も出来る。そしてかっこいい。頭脳明晰、文武両道、容姿端麗なんて四字熟語が頭を掠めて通り過ぎていった。苦笑する。 だからクラスの女の子にももちろん人気が高いし、クラス以外の女の子からもその熱視線はとどまる所を知らない。ただひとつ、近寄りがたいというところを除いては彼に欠点と言う欠点は表面上見つからないように見える。無神経に怒っているように見えて実は相手の事を気遣ったり出来たりとか結構おひとよしでいい人だ。きっと少し人よりも不器用なんだと思う。でもそんな彼だから、やっぱり好きだ。 そしてとうとう、そんな彼にバレンタインデーに勇気を振り絞って想いを伝えようとしたのだけれど、まわりの女の子に圧倒されてしまい空気感に気圧されて結局作ったチョコチップクッキーは渡せなかった。(だってすごい人だった。紙袋いっぱいにあったんじゃないのかな、)鞄の中に入っているクッキーを捨てるのももったいないので仕方なく「義理クッキーっちゃけど」と言いながら、隣の家に住んでいる高山君に渡してしまったわけだ。我ながら情けないと思う。けれどまあ高山君は喜んでくれた事だし、いいかななんて思ったりする。人に喜ばれると、やっぱり嬉しい。 私はまだ半分しか埋まっていない日誌を見ながら考える。私ではない日直の誰か、名前を忘れてしまったけれど前の席の人は自分の責務を忘れて帰ってしまったようだった。酷いもんだ、なんて思いながら私は生徒会の副会長に連絡を取って会議もしかしたら行けないかもなんて一報入れて教室に残っている。黒板も綺麗にしたし、次の日に日直になってしまうの人の名前も座席票を見ながら書いたし、黒板消しも綺麗にしたし、もうあとは日誌だけだった。 しかし埋まらない。 日直のコメントなんていっても何を書けばいいのだろうか。 「はあ、」私はため息をつく。埋まらない。難しく考えすぎとか何とか言われるけれど、埋まらないものは仕方ない。「なしてこげな事書きよるけん。理解できんったい」 私は憎らしげにむうっと頬を膨らませて『一言』と書かれた文字をにらみつけた。そんな事をしても一言という文字はなくならない事は百も承知だ。それでも睨みつけずにはいられなかった。一言さえなければ今頃会議に出れているはずなのになあ、なんて思う。しかしいくら睨んでも一言はびくりともせずにそこに存在している。堂々としたやつだと思う。生徒会長の私よりも堂々としている。一言が生徒会を仕切ればいい、なんて私はちょっとだけ本気で思った。もともとは先生に押し付けられてしまったようなものだ、「な、せやからに任せるけん」といい逃げをして先生はそそくさと私の名前を生徒会の役員選挙の紙へと書き込んでいた。ほいっと立候補のために書名を集める紙を渡されてクラスの人に泣く泣く書いてもらった覚えがある。その中にカズくんもいて、書名を書いてもらったら頑張れと一言声をかけてもらってものすごく嬉しかったのは言うまでも無いし、その一言で私が生徒会を頑張ろうと言う素直な気持ちになれたことは言うまでも無い。その後に、ちょうどよく擦れ違ったよっさんと高山君にも署名をしてもらって私はなんとか40人の署名を集めて今に至る。 現実逃避とばかりにシャープペンをくるくると回しながら外を見れば、サッカー部はパス練習へと打ち込んでいた。はあ、がんばってるなあなんてぼうっと思う。 私は無意識にカズくんを目で追っていた。 どうしても気づいたら目で追っている。分かりやすすぎだ、と友達に言われた事がある。その通りだと我ながら思った。うわあ、告白も出来ずに悩んでる情けない生徒会長がいるぞ。と、頭の中で子供っぽい誰かの声がした。ほんとだよ、と思って思わず苦笑がもれる。苦笑い、本当に苦いなんて思ったのはいついらいだろうか。 その時、ふとカズくんがこちらを見て、一瞬だけ目があった。 あ、と思って私は少しびっくりした様な、妙な表情になったと思う。 カズくんの口角がつりあがって、にやりというような効果音のつきそうな笑みがこちらに向いた。私に向けたものではないかもしれない。それでも、確かに私はその表情を見てしまった。 その笑顔に不覚を取られて、どきっとしてしまったなんて。 今日は練習最後まで見ていこうかな、ごめんね副会長なんて日誌とにらめっこしながら考える。 ▲ (20100318) |