(清らかな、懐古趣味)




 ホワイトデーってとても綺麗な響きだよね。
 私は、ぼんやりと彼に言うとどの辺りが綺麗なんだと問い返された。私は、なんとなく白い所が綺麗な感じを漂わせているんだよと微笑む。彼は不満そうに眉をしかめながら私を見た。そんなところもカッコよく見えるのだから反則だと思う。そんな私の思いに彼は気づいているのかいないのか、ふむと考え込みながら言った。

 「そういえばお前に渡していないものがある」
 私は唐突なその言葉に言葉を失いながら驚く。不破君からこんな言葉を聞くなんて思いもしなかったので少し頭が真っ白になって、それがさあっと引くようにもとの色に戻った。そんな感覚が頭の中で繰り広げられていく間に、不破君は、部屋の隅にある鞄から可愛らしい紙袋を取り出して私にほいっと差し出した。


 「受け取れ」
 「ありがと」
 私はそれを両手で受け取ると、手の中にすっぽりと納まる白い袋をじいっと眺めた。可愛らしい彫刻のようなオシャレな模様が水色で印刷してあり、とても清楚な雰囲気をかもし出している。素敵だ。


 「中身はクッキーだ」
 「嬉しい」
 ここのクッキー好きなの。と私が言えば彼は当然だと答えたので私は首をかしげる。私は不破君にこのクッキーが好きだと話したことは、考える限り今までで一度も無かったはずだった。そんな困ったような表情をしている私の顔を見て不破君はいつも通り眉一つ動かさずに淡々と答える。
 「佐藤と小島に聞いた」
 「なるほど、」はっと気づいて私は頷く。「それは確実だね」


 くすり、と私が笑うと不破君もつられてやんわりと微笑んだ、ように見えた。私はこうして穏やかな時間がゆるゆると流れていくのが好きだった。不破君と二人でのんびりとして過ごす日が、とても好きだった。だから今日は私にとって、とても幸せな日曜日なんだ。となりに不破君がいる、それだけで私は幸せだから。




 「、」不破君は私を呼ぶ。
 「なあに?」
 「デカルトについてどう思う」
 「『コギト・エルゴ・スム』の人だよね。私は結構好きな人かな、実は行動派の哲学者だったりするでしょあの人。だから少しだけ他の哲学者よりも頭一つとび抜けてる感じがするの。まあそれは私が意識中心主義の人があんまり好きじゃないからなのかもしれないのもあるけど慣性の法則も最初に定式化してる物理学者でもあるし、それに何より自分で哲学を創ってそこから論理を展開してるのってすごいと思うの」
 「ふむ、まあ一五九六年にフランスで生まれたにもかかわらずオランダの軍事学校に自ら志願して入学している所を見るに、まあ意識中心主義の人間ではない事がうかがえる。機械論的自然観を初めて打ち出したのは凄いと思うが結果的に十分な評価を得る事が出来てはいない」
 「そうだね、」私は残念だよねとため息をついた。「でもどうして急にデカルトなの?」
 「これだ」
 不破君は科学雑誌をほいっと私に差し出す。ページは既に開かれており、数学者デカルトなんて文字が踊っている。どこから出したのだろう、なんて思う暇も無く不破君がその中の一部を指で指した。なるほどなあ、なんて私はぼんやりと思う。


 「デカルトって貴族だったっけ」
 「違う。それはアドリアン・バイエが伝記を書いたときに似たような人物とデカルトを取り違え法服貴族と記しただけであり、事実デカルトは医師の家系に生まれている。おそらく同時代に同じ地方にいた祖父と同姓同名の貴族と混同しただけだろう」
 「そうなんだ」
 私は相槌を打ちながら記事に目を走らせた。デカルトの生涯についてのあらすじがなんとなくさらっとあたりさわりのないように書いてある。
 「そこで俺は考えた訳だが」
 「ん?」
 顔を上げると不破君がぽん、と私の頭に手を置いた。


 「デカルト的理論からして俺が存在していると言う事は俺は俺自身の存在を考えていると言う事になり、の存在を俺が認識していると言う事は俺がと言う存在を考えているからという事になる。それはすなわち他の人間にも通用する理論であるという事になる」
 「うん」
 「ならば、俺が他人の事を全く認識していなければそいつは存在しない事になるのか。しかし事実上人は地球上に60憶人は存在している。これは調査によって分かっていることだ。俺にはデカルトは分からない」
 「多分デカルト的に言えば、自分は自分だと思っているから自分である訳で、もし私と不破君が出会っていなかったらお互いの存在をお互いが知らない事になるでしょ。だからその私の世界に不破君という存在はいない事になる。要は価値観とか主観的な問題で要約すると自分の会った事のない人は自分が認識できないから自分の認識の範囲での世界にその人はいないって事になるんじゃないかな。だから『我思う、ゆえに我あり』」
 「ふむ、まあ興味深い推測ではあるが」
 「うん」
 「まだまだ追究の余地はありそうだな」
 「まあ、」私は楽しそうな表情の不破君を見てにこりと微笑む。「そうだね」


 「今日は暇か」
 「不破君のために空けてあるから、ずっと暇だよ」


 不破君が嬉しそうに笑ったのを見て、私もつられて微笑む。















(20100316)デカルトいいよデカルト!(笑)デカルトはまだまだ私勉強中ですが、結構主観的だったりするので不破君は苦戦するといいなあなんてそんな事を思いました。参考文献:デカルト入門/小林道夫