(柔和な口解けの感性)




 「
 「何?」
 横山が隣の席から私を呼んだ。私は、急になんだろうと自習プリントから顔を上げて横山の方を見る。横山は私のほうをじっと見ていて、いつも通り何を考えているのか分からない表情をしていた。私は横山の方に姿勢を正す。


 「暇?」
 「え、うん」
 まあ、プリントはあと一つか二つで終わるから、暇といえば暇だ。事実、もう席を立ってふらふらとしはじめている人も中には居るくらいだったので早い人はもう終わる時間なのだろう。あと、授業が終わるまで残り20分はあったので私は横山の方を向く。


 「はい、これ」
 そう言って彼が私に差し出してきたのは、可愛い袋だった。透けるようなつくりの袋ではない為に何が入っているのかは察しづらいが、両手に収まるくらいのもののようだというのが、外から見た雰囲気で分かる。
 「ありがとう」
 私は渡されたので受け取る。彼は私が受け取ったのを見ると、満足そうに前に向き直った。説明やら何やらは一歳無いらしい。クラスの人はこの一番後ろの席でこそこそとかわされている話に耳を向ける様子も無く、個人個人好きな事やプリントに必死になっているらしい。きゃあきゃあ騒ぐ人はいないもののこそこそと話す人はそこかしこに見える。


 私は、開けてもいいものか少し袋を眺めていると、横山が「開けてもいいよ」とこそっと席を立って私に近づいて言った。と思うと何も無かったかのように席に戻る。音もなく座る。
 私はつくづく横山は不思議な人だなあと思いながら、袋の口を縛っているリボンをぴいっと引っ張って取った。ぱかっと袋を開けると、中には可愛らしい箱が入っている。なんだろうと思って箱に手を伸ばす。机の上に出して開ける。


 中に入っていたのは、指輪だった。


 「!」
 声にならない声を上げながら私が横山を見ると、横山は何食わぬ顔でプリントと向き合っている。私は指輪をもう一度見て、ぱこっとふたを閉めて袋に戻して、袋の口を縛ろうとした所で、箱以外に袋に何かカードが入っているのに気づいた。私はそのカードに恐る恐る手を伸ばす。カードを出して開けば、一言だけメッセージが書かれていた。


 『好きだから、結婚しよう』


 私はプリントの最後のマスをなんとかぼんやりとした意識で埋める。そしてカードを震える手で袋に要れて、袋ごと鞄の中に入れる。そして思った。結婚?
 隣の横山を見れば、何食わぬ顔でこちらを見ている。さぞ私の顔は面白い事だろうと少し皮肉な事を思ってみたけれど、横山は表情を一切かえようとはしない。え、いきなり、プロポーズされたのかな、これはそうなのかな。


 確かに、私は横山が好きでバレンタインにほいっとみんなに配るのと一緒に彼に手作りのシュークリームを渡した。彼のだけ好きです、と書いたメッセージをシュークリームのそこの紙に書いて渡した。あれから一ヶ月、そんな話題は全く出なかったので私はてっきり振られたとばかり思っていたわけだけれども、妙な所で律儀な横山は今日、返事をしてきたというわけになる。
 それも、恋人という段階をすっとばしてプロポーズだ。
 びっくりする。とんだサプライズだ。それとも何だろう、これは結婚を前提に付き合おうとかそういう大人っぽい大人がするような大人の恋なのだろうか。それとも横山が、そういう告白のうけ方しか知らないのだろうか。私も恋とかなんとかそういうのにはめっぽう疎い疎いと言われているけれども、そこまで妙な行動はしていないと思う。


 「横山、横山」
 「何?」
 横山は私が声を殺して呼びかけると、ん?といったような効果音がつく振向き方をした。
 「どういうこと?」
 私が眉を寄せて聞くと、彼は私の眉間を人差し指でちょいっとつついた。


 「ま、そういうこと」


 「横山はそれでいいの?」
 私が、まだ中学生だよという意味を込めて言う。彼は当たり前だというように頷いた。
 「俺が18になったら、ちゃんと挨拶に行くから」横山は口元だけ笑う。「それまで恋人」
 私は急展開に目を瞬かせる。


 「横山、横山」
 「不満?」
 横山が首を傾げるので私はぶんぶんと首を振った。
 「その逆、満足」




 「よろしくおねがいします、」
 私は、急にこみ上げてきた恥ずかしさでかあっと顔があつくなった。


 「こちらこそ」
 余裕のある表情で、横山がニッと笑って、チャイムが私を嘲笑うかのように鳴った。















(20100314)横山君はイメージ的にサカナクションっぽいです。