(甘い甘い練乳の想い)






 大好きだと、屋上に呼び出した彼は言った。
 どきっとしない私ではなかった。


 けれども私は彼の事を知らなかったから、どうしようかと思って少ししどろもどろになりながら、彼に名前を聞いた。私の質問が突拍子も無い事に彼はとても驚いて目をぱちぱちとしたけれど、それでもニカッと笑って、名を名乗った。


 「俺、山口圭介」
 「何で私に告白したの?」
 私は首をかしげた。わからなかった。私は彼の事を知らないけれど、彼は私の事を知っていてさらには好きだといった。彼は同じクラスではない人だった。わからない、どうしてなのだろう。私は彼の意図がつかめなくてううん、と唸る。彼も同じように私の意図がつかめないらしく、ううんと唸った。


 「それは、その」彼は少し口ごもる。「憶えてないかもしれないけど、さ。俺、サッカーしてるんだ」
 「うん」
 「練習終わった時に、チョコレートもらって一度だけ、話したんだよ」
 「私と?」
 「そ、その時にさ、俺、の事好きかもって思った」


 私は考える、話した事があったかな、あったような気もするし無かったような気もする。何て考えていたときに、ふっと記憶が蘇る。ああ、思い出した。学校の調理実習で作ったような気がするチョコレート(多分トリュフだったと思う)を、その日平馬の近くにいたみんなに配った。あの駅のホームと、みかん畑の話が蘇る。あの時の人だ。


 「あの、みかんの人だよね」
 「そうそう、それ俺」
 よかった、なんて彼は言う。私も誰だか分かって良かった、と思う。一ヶ月前、私はそういえばいとこのサッカーの試合に行ってその帰り道に彼と話したのだ。そういえばみかん農場をやっているとかそんな事だった気がする。一度話しただけの人なんて、ひと月すればどこか遠くのほうに飛んで行ってしまうのが人の記憶というもの。いい加減なこと、このうえない。少なくとも私の記憶はそうだった。いつだって、いい加減だ。でもそれで今までやってこれたのだから、問題は生じなかった。


 「付き合ってもいいよ」
 私はぼうっと答える。
 「え」
 気の抜けた返事と気の抜けたようなびっくりした表情を彼はした。私は返答の仕方を間違えてしまったのかどうか考える。好きと言われたら彼氏がいない場合は付き合えばいいと聞いたので、私はそう答えただけなのだけれど。まずかったのかな、なんて私は微妙に静まってしまった空気の中、ひとり思った。


 「マジで、いいのか?」
 彼はがしっと私の肩を掴んで聞いてくるので、私はうん、と答える。
 「俺、振られると思って覚悟したんだけど」
 「どうして?」私は首をかしげた。私には断る理由は無い。
 「俺、忘れられてるし」
 山口君は言う。はあ、とため息をついて随分と落ち込んでいるようだ。彼はぎゅうっと私の肩に乗せた手に力を入れる。私は、そんな事を気にしていたのかと少し申し訳ない気持ちになった。私はぽん、と彼の肩に手を置く。私が彼の告白を断らなかった理由は、もう一つあった。


 「平馬の友達だし悪い人じゃないでしょ、山口君」
 「え」
 彼はまたしてもびっくりしたような顔で、目をぱちぱちとした。よく驚く人だなあ、とかよく表情が変わる人だなあと私はくすくすと笑う。とても面白い人だと、思った。だから、ちょっと彼の様子をしばらく一緒にいて見てみたいななんておもったのも確かで。


 「だから、付き合ってください」
 私は、そのままぎゅうっと彼に抱きついた。
 びくっとして彼がおもわずぎゅっと私の背中に手を回して私の体重を受け止める。




 「おう」と、耳元で小さく呟いた彼は、とてもあたたかい人だった。

















(20100314)初山口君でした。ハッピーホワイトデー!