(ストロベリーの気持ち)



 そういえば、三月十四日が目前に迫っていた。
 彼からもらえる事は期待してはいない。一ヶ月後に返事をするといわれてそれっきり何の音沙汰も無い。だからと言って今日色よい返事が返ってくるとも限らない。だから、私はぎゅっと携帯を握り締めて友達に渡す為だけに作ったクッキーの入った鞄を反対の手で握り締めて、来るのか来ないのか分からない返事を待ち焦がれながら家を出た。
 そもそも彼に出会って私が彼の事を意識しはじめたのは、去年の日曜日に道で迷子になった私を助けてくれたのがとても嬉しかったからなんだけれどきっと彼は善意だけで私を助けてくれただけなんだろう。社交辞令だ。私がその背中をどんなに頼もしく思って彼に引っ張られて武蔵野森までたどり着いたかなんて彼はきっと知りえないのだ。知るわけ無いんだ、きっと忘れてる。それでも、私は一瞬にしてその背中が大好きになった。


 今日は三月十三日だ。
 気づいたら今日はもうすでに十三日だった。そして金曜日だった。だから土曜日になるまえに、学校で授業のある日にバレンタインデーにチョコレートをもらった友達とかにクッキーを配り歩こうと思ったのだ。今年は予想外にたくさんもらってしまって、私はううんと考えた結果顔の分かる人だけにお礼を返そうと思った。結果がこの通りだ。
 さて余談ではあるけれど、友達から貰ったものはともかく、名前の書いていないもので「好きです」と書いてあるものにはちょっと私はどうしようかと困った。正直、そういう趣味は私には無い。その可愛らしい字を見てもしかしたら私にあてたものではないのかもなんて思ったけれど、よく箱を見れば海外製の粋なタグがついていて私の名前が書いてあったものだから私は苦笑するしかなかった。名前を書いていないのが、せめてもの救いだろう。書いてあったら私はきっとその人を避けてしまうだろうから。




 下駄箱で靴を替えていると、友達がわあっと後ろから来たので靴を手に持ってその追撃を避ける。避けたら友達が「何で避けるのよ、もう」なんて言って、ふくれた。私は目を瞬かせながら「当たりたくなかったの」と言うと、彼女は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


 「ああもう、なんでサッカー部今日休みかな」
 「え」
 「知らないの? まあしょがないか」
 彼女は私の気も知らずに、朝練見に行ったのにやってなかったんだよなんてぼやく。私は靴を下駄箱にしまって、上履きを履いた。彼女も同じように話しながら上履きに履き替えた。


 「そうなんだ」私が相槌を打つ。
 「そうそう。でも今日ね、渋沢君がいたよ」
 「そうなんだ」
 名前を聞いて、ぎゅうっと胸が締め付けられるようなそんな気持ちになった。私は私の気も知らずにのうのうと彼の名前を話題に話す彼女と話していると、胸の奥に嫌な感情が生まれてくるのに気づいて自分が何て醜い人間なんだろうなんて思う。いやな人間だ。人間はみないやしい感情と隣りあわせで生きなければならないけれど、私のような醜い感情を持っている人なんてあまりいないのだろう。
 私は、ふとクッキーの存在を思い出して彼女に礼儀としてクッキーを渡した。もう彼女と彼の話題を広げたくは無かった。


 「ありがとう、超嬉しい!」彼女はぱあっと、ひまわりのような笑顔を浮かべた。「のお菓子おいしいんだよね、プロみたいだし。パティシエになれるよ」
 「ありがと」そんなお世辞を言われても、私の就職は一般事務員希望だ。普通のOLが一番いい。「嬉しい」


 彼女とは別のクラスなのでクラスを別れて私は自分のクラスに入って自分の席についた。授業が始まる。










 放課後、今週末まで委員会の仕事があるので図書室で分厚いシェイクスピアを読みながら番をしているとガラリとドアが開いた。武蔵野森の図書室は広い。こんなのが図書室でいいのかというくらい、図書館のような広さを誇っておりそろっている本の数も相当だ。しかしここまで足を運ぶ物好きは、めったにいない。だから常に暇を持て余して本を読んでいる。
 私はガラリと開いた扉に目を向けようかどうか迷って、本のキリのいいところまで読んで顔を上げようと思った。どうせ知らない人なんだろうと思ったからだ。それでも足音はぱたぱたとこちらへ近づいてくる。止まった。




 「さん」
 「は、はい!」
 少し低めの声が聞こえて、私は「ロミオは」と言う非常にキリの悪い所で顔を上げる事になった。そして、思わず驚く。そして驚いた拍子に思わず立ち上がる。ふわりとしたいい匂いがして、私は目を瞬いた。夢かなと一瞬思ったけれどどうやら夢ではないらしい。私が立ち上がってぼさっと驚いている間に足の上に落ちた本がとても痛かったから。これが渋沢君に見えない位置で起きていてくれてとても私はありがたかった。でも痛かった。


 「その、先月の返事なんだけれど」
 「憶えていてくれたんですか」
 憶えていてくれただけでも、私は嬉しいしそれだけで私は十分だと思う。欲なんていわない。どうせかいたところで報われないのがオチなのだ。私は少し足の痛みでなみだ目になりながら答える。


 「ああ、」彼は、とても人の良さそうな笑みを浮かべた。
 そしてサッカーをしているときのような、真剣な表情に切り替わる。「そうだな、それで」


 少し、渋沢君がまごついた。ああ、振られるのかななんて思った。でも振られるのはいやだななんて今の彼を見て思ってしまう自分がいた。自分から告白しておいて、なんという意気地の無いことだろう。私は自分で自分を自嘲する。彼はこんなときにまで人を気遣えるような素敵な人で羨ましいと思った。ああ、なんていい人なんだろう。だから私は彼が好きだ。




 「実は、入学してからずっとさんの事が好きなんだ」
 「え」振られると思っていた私は呆気にとられて、目を丸くして固まる。「それは」
 「俺の、片思いだったんだ」彼は苦笑する。「そんな時、さんが俺に好きだと言ってくれた」
 「え」私は、状況が飲み込めない。真っ白だ。「待って、でも……あの」
 「俺は嬉しくて、その、気が動転してしまっていた。というのかな、すぐに返事が出来なくて、さんにはすごく悪いと思った。許してくれ」
 「そんな、渋沢君があやまることじゃ」私はもごもごと口ごもる。「むしろ私なんかで、いいのかな」
 おずおずと彼をみれば、彼はすごく真剣な顔をしていて不覚にもどきっとした。いや、ずっとどきどきしていた。心臓が早鐘のようでメトロノームの速度を変えたようにどくどくと鳴っていた。彼にまで聞こえやしないかと、またしてもどきどきする。どきどき。


 「入学式で代表に選ばれていただろう」
 「あ、あれは」私はそんな昔の、なんてまごつく。「うん、そうだね」
 「さんの話を聞いていたら、その、」一拍置いて彼は言う。「凄いなと思って」


 「あんなに堂々として全校生徒の前で話ができている姿に憧れていたんだが、廊下で擦れ違った君はとても可愛らしい女の子だった」渋沢君は何というか、なんて口ごもる。そういえば、彼が口ごもるなんて珍しい。「一目惚れだった」
 私はかあっと顔が赤くなるのを感じた。心なしか渋沢君も顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。


 「喜んで、お付き合いさせてください」
 でいいのかな、なんてふわりと笑いながら、彼は言った。
 「俺は、さんが好きです」






























(20100314)渋沢君は白い渋沢君を大絶賛で大推奨します。