(月の雫)
なあ、『月の雫』って知ってるか。 そんな言葉を聴いて、ふと私は振り返る。 声の質から男だろう、とアタリをつけて振り返れば案の定そこにはシカマルが立っていた。やる気のないけだるそうな表情をして、こちらを見て佇んでいる姿を見ると、私に何も用がないのではないかと思うくらいだが話しかけてきたんだから用は少なからずあるのだろう。私は完全に彼のほうに向き直ると、特に表情を変えることなく答えた。 「真珠のことか」 「間違っちゃいねーが、少し外れてるな」 真珠と言って違うとなれば、話は早かった。 「例の組織、か」 「ま、そういうことだ。物分りがいいと話が早くて楽だな」 例の組織、というのは最近、暁と大蛇丸に敵対している第三勢力のこと。新勢力という言葉がしっくりくる、強靭な刃のような妙に強い奴等である。一度組織の一人と殺り合いそうになった私だが、話し合ってみれば何と言うこともない落ちた部落の住人たちだった。ちなみに彼らは特に木葉に対しては敵対しないつもりだという事が分かったので、それ以来彼らとは同盟関係を結んでいる。しかし実際に一緒に戦ったことはない。 さて、話は変わるが、『真珠』というものは『月の雫』だという一説がある。そのほかにも人魚が流した涙という説などその見解の仕方は様々だ。十人いれば十通りの解釈の仕方があるようなもので、真珠発生説においてはいろいろな説がある。それに加えて真珠にまつわる話も多く、一説には美人で有名なとある王女が一国を買えるほどの真珠を酢に溶かして飲んだなどという、そんなもったいない話もあるくらいだ。ちなみに真珠の粉末は栄養価が高いとかそんな話を聞くが、実際に飲んでみたことはないので詳しいことは知らない。 話を戻そう。 「で、その『月の雫』がどうかしたのか」 「まーな」 彼は別にもったいぶっているわけではないのだろうが、それに似たような間をおくと、答え始める。 「一説によるとだが、奴らの三分の一が暁によって殺害されていたらしい」 「死因は」 「三人が毒死で、残り全部が爆死だったそうだ」 「ふーん」 毒死が三人、爆死はその他ということは、それぞれ別の奴なのかと思考をめぐらせる。何故なら、爆死なら爆死で統一してしまえばさっさと全員片付けることができるからだ。なんともこれは簡単なことこの上ない方法にもかかわらず、毒で死者が出ているところを見ると最低でも二人以上の人数で襲ったという事になる。それにあの妙に強い連中のことだから、そんなに殺して無傷なはずはない。 「で、その暁どうなった?」 「片方は相当な深手らしーが、もう片方は自分の血を一滴も流さなかったんだと」 「…一滴も? 無傷って事なのかソイツは」 「さあな、しかし傀儡使いらしいという話だそうだ」 「そうか」 傀儡使いといえば、二つ上の人だが傀儡を使う砂忍がいるなんてのを聞いたことがある。その人に聞けば傀儡使いの有名人と一般人が分かるだろうと考えたが、別に顔見知りでもないその人にどうやって会えというのか。しかし、砂の里へ行けば会えるのではないか、というところまで考えて、なぜ自分で文献などを利用して調べようとしないのかと自分を叱咤した。全くどこまでも自分で考えようとしない他人任せな脳である。 「そーいえば、全然かんけーねーけどよ」 「何」 「バレンタインにお前から貰ったろ、チョコレート。かーちゃんが、男は黙ってホワイトデーに三倍返ししろってうっせーからよ、これ」 「黙ってどころか、全部ばらしてるけど」 そう言って私が苦笑すると、彼は「まー、いいだろ。別に監視されてるわけでもねーことだし」と笑った。 いかにもホワイトデーですと自己主張しているような、ホワイトデーらしいハート模様のピンク色の紙袋にホワイトデーと英語の綴りが書いてある。 「三倍でもねーから期待すんなよ」 「そこには期待してない。気持ちだけでもうれしいよ、ありがとう」 「おー」彼は返事をすると、私の持っている紙袋に気づいたらしい。「それって、もしかしなくてもホワイトデーのお返しかよ」 「おお、ご名答」私は、にこやかに答える。「ちなみに全部本命らしい」 私の返答に彼は呆れたように肩を落とすと、顔をしかめてため息をついた。反応の仕方が散々である。 「…お前バレンタインも貰ってたろ」 「それは今日、ホワイトデーでお返しをしてきた」 付け加えて、「もちろん三倍返しは出来ていない、三分の一返しぐらいだ」と言って笑う。 「ひでーな、それ」 彼は腹を抱えて笑い出した。だって、しょうがないじゃないか。20も30もホワイトデーに返しきれないのだから。よって申し訳ないが、彼女(もしくは彼)らに自作のマフィン一つずつを配って回ってきた。紙袋を背負いながら回ってきたので、ちょっとしたサンタ気分である。それで配っている最中に、「ホワイトデーなので告白しに来ましたー受け取るだけでもいいので良かったらこれ貰ってください」なんていうよく分からない人たちにお菓子をたくさん貰ったのである。お菓子が大好きな私にとってうれしい限りであるが、何も返せないとなると少し彼らが可哀想なので取り合えず予定よりも多めに作った少し不恰好なマフィンをあげたら喜ばれた。私はよくお人よしすぎる忍者には向いていないと言われるが、任務とプライベートの分別くらいはつけているつもりだ。敵には容赦ないし、味方は死んでも守るのが私のモットーだから。 「それにしても、昔からよくモテるよなお前」彼は、紙袋を見下げる。「そこらの男よりモテるキャラだろ」 「そうだな、よく男に間違えられたしな」私は苦笑する。「そこらの男よりはモテるな、自慢じゃないが」 いまは髪を伸ばしているのでそうでもないが、髪を結うと男に間違えられることもしばしばである。なんで男がくのいちなんだよー、とキバあたりに言われてカチンときたので返り討ちにしてやった昔の記憶が蘇ってくる。笑えてきた。 「女が男よりも弱いっていう固定概念が昔から嫌いだったし」私は空を見上げる。 「まー、お前って昔から性格全然変わんねーもんな」 どっか他の奴らと違って我が道を進んでるって感じでよー、なんて言いながら彼も同じように空を見上げる。 「ちょっと羨ましかったんだよな、のこと」 「そうか、私はシカマルの方が羨ましかったんだがな」 サラリと口走ると、彼は「ないものねだりみたいなもんだよなオレらは」と呟いた。私は「そうかもしれない」と嘯く。 こうやって、互いに依存しながらしか生きていけない弱い生き物だっていうことは人間だから仕方ないのかもしれないという戯言に惑わされずにいたいなんて、やはりそれも戯言でしかないから。私たちは本質的に似ているけれども少しずつ違う。だから惹かれあっているんだと思っている。しかしそれも本当の所は、適当な重力と適当な磁力と適当な引力と適当な運命と適当な神様のいたずらによって引き合わされているに過ぎないんだろう。袖振り合うのも多少の縁というところだろうか。 「つかず離れずなんて、我侭だよなぁー」流れていく雲を、彼は目で追いながら言う。私もその雲を見ながら答える。 「まあ私は、シカマルだから許してることだし」 「そーだな、オレものそういうめんどくさくねーとこ好きだし」 「依存だよな、やっぱり」 「ま、簡単に言えばそういうことだよな」 ちぎれていた二つの雲が一つになってなんともいえない形になるのを見送りながら、私は言う。 「これからも、私たちはこんな関係なんだろうな」 「まーな。親がうるさくなってきたら進展させてやってもいいけどよ」 「親がうるさくなってきて他に相手が見つからなかったらな」 私たちは笑いあって、お互いに別れを告げながら家路を進む。 付き合っているという概念ではなく、一緒につるんでいる悪友のような。 彼氏なんて肩書きなんて別にいらないけれども、一緒にいると気を使わなくてもいいから楽で、そして何より落ち着く。どこの誰でも、そんな人は大体一生に一人か二人ぐらいしか見つからないのではないだろうか。なんて、いいすぎかもしれないが。 先ほどの会話を思い出しながら、このまま二人生き延びて結婚なんてしてしまうのだろうかなんて考えていたら、頭がパンクしそうになったのでやめた。私はやっぱりこういう恋愛沙汰になると駄目みたいだと思って空を見上げる。 空には気持ちよさそうに泳ぐ雲の群れが、私を見ていた。 (▲)(20090315) |