(真夜中のメール画面)
真夜中に携帯が鳴った。 何事かと思って、うーんと唸りながらピロリロリンと鳴る携帯電話を開く。と、差出人は犬塚。私はそのメールを何となく開く。 『もうお前のことだから寝ちまったかもしんねぇけど、もし明日予定無いんなら一緒に映画でも行かねーか? チケットがちょうど2枚あるんだけどよ。』 彼から映画なんて誘いが来るなんて予想もしていなかったが、少し嬉しかったりもしたりする。というのも、私は俗に言う映画フリークだからである。今は映画館でバイトをしているので、映画は一般で見るよりそこの映画館へ行けば安く見れたりする。たまに、先行公開で最新の映画が見れたりするところも映画館のバイトのいいところだ。そんな訳で、私の部屋の本棚には映画のチラシが何冊ものファイルに整理されて入っているし、売れ残って譲ってもらったポスターや映画館で貼られていた宣伝のポスターは部屋のいたるところに貼ってあるといったような状況。映画館なので映画好きがたくさん集まっているせいか、趣味会う人がたくさんいてそれはもう楽しい。もちろん、バイトなので任務が入れば休むしバイトよりも任務を優先させなければならないので私が映画館に行くのは平均して週に1度か2度である。 だから、誘われたのはとても嬉しい。ベッドの中でゴロリと寝返りを打つと、私は仰向けの体制でメールの返信を始めた。 『行きたい。』 顔文字や絵文字は面倒なので使わない。だって、そんなもの使っても文字数が無駄に増えるだけだし受信料もかかる。それに、つけても意味があるかどうかもわからないものをつけたところでメール画面が見づらいし読みづらいからである。無意味な記号も私は大嫌いだ。ついでに言ってしまえば携帯も好きではないが、持っていないと迷子になるので持たされている。そしてさらに言えば、音信不通になるので持たされている。 メールを送信すると、送信中の画面が表示されて送信しましたという画面に変わる。 しばらく待つとまたメールの返信が帰ってくる。 『起きてたのか、珍しいな! そういえば、見たい映画とかあるか?』 見たい映画なんて山ほどある。最近は任務で忙しいので、任務で見れていない分の映画は見たいとおもっている次第なので丁度いい。なーんて考えていると一つに絞れそうに無いが、彼の趣味のことも考えるとやはりここはアクションものだろうかと考える。 『アクション映画とかどう?』 ピロリロリンと着信音。 『いいな、それ! じゃあ明日昼に映画館で待ち合わせでいいよな!』 『わかった、おやすみ。』 送信。 ゴロリと寝返りを打つ。うつ伏せになって携帯を枕元に置くと睡眠に入る。 明日楽しみだななんて、ぐるぐる考えながら。 朝起きればもう既に10時を回っていた。あー昨日夜更かししたから、なんて呑気に行っている場合ではない。急いで着替えると、準備を始める。朝ごはんを作って、朝ご飯を食べて昼はポップコーンでも食べておけばいいだろうと考え、それから鏡を見て服装を確認。別にいつもと変わらない自分が映って、これなら外へ出ても大丈夫だろうと安心。髪の毛は手櫛で整えて終わり。 さて、ひと段落着いたところでテレビをつけてニュースの確認をしようとしたが、時間が時間なのでワイドショーと微妙なお昼の健康番組と時代劇しかやっていない。適当にお昼の健康番組を聞き流しながら、これは危ない症状なのでこうしたらいいでしょう、なんて言っている彼らも大変だなあと考える。しかし彼らも仕事なので仕方ないんだよなあとか思う。 適当にお昼の健康番組が一段落したところで、もう時計の針が12時をまわっていた。そろそろ行ったほうがいいのかいけないのか、考える。そろそろ行こうという結論に達して席を立つと、テレビの主電源を切り玄関へと向かう。靴を履いてドアノブを回す。鍵をかけてのんびりと歩き出して映画館への道程を進む。 ふと、映画館付近で目に止まったのは彼が映画館のチケット売り場前でうろうろしている様子だった。ちょっと様子を見ていると、どうやらチケットを買っているようだ。チケットあるんじゃなかったのか、と苦笑する。私は、ふらふらと彼に近付いていくと、丁度彼と目が合った。ひらひらと手を振ると、彼は少し目を泳がせる。 「まさか君から誘ってくれるなんて思ってなかったから嬉しい。ありがとう」 「いや、別にいいけどよ」 「ワン」 ひょこりと彼の後ろから顔を覗かせる赤丸。 私はしゃがみこんで赤丸の頭を撫でてやると、赤丸は嬉しそうに尻尾を振った。とてもかわいい。 「赤丸はここで待ってろよ」 「ワン!」 大人しく尻尾を振りながら座る赤丸。私は立ち上がると、彼と共に館内に入った。 彼は先刻のチケットを受付のお姉さんこと通称ユウさんに渡す。本来の彼女の名前は百合さんだが、その名前の一文字目を取ってアルファベットのUに例え、ユウさんと呼んでいる。映画フリークの中では有名人である。 彼女は、私ににこやかに笑いかけると、話しかけてきた。 「あら、ちゃん、デート?」 「そんなもんです」 「彼氏? 今度紹介しなよ」 「友達ですよ」 私が言うと、ユウさんは意味深に、うふふと何か含み笑いをしてニヤニヤとしながらこちらを見てきた。何か、この人は不思議なオーラを毎度毎度放っているが今回はそれがさらに倍増したような、そんな笑い方をしていた。 「今日のユウさん怪しいでしょ」 「ふふふ、いつも通りですよ。それではお楽しみくださいませ」 にこやかな笑顔(彼女の営業スマイルだ)に戻ると、彼女は入り口の方を手で指した。私はそれに対して一礼を返す。彼女の含み笑いは多少気にはなったが映画に差し支えることはないのであまり気にしないことにする。 映画館に入ると、やはり人気映画だからだろうか、人は四分の三ほど入っている。こんなに入っているなんて、とても珍しい。と考えるのは少し失礼かもしれないが、いや、私が常にマイナーな映画ばかり見ているのがいけないのか。だから人がまばらにしか入っていないところしか見ていないのかもしれない。 「結構人いるんだな」 彼が周りを見渡して言う。 「そうだねー」私が答える。「二週間前から公開されてる人気アクション映画だから」 「そうかァー」 「そう、ヒロインが新人賞取ったって有名なんだって」 へぇー、と受け答えしながら後ろの方の空いている席に座る。ここの座席は自由席なので客は適当に開いている場所に各々座るというのが常識である。座席指定は、トラブルが発生するのでやらないらしい。まあ、自由席の方が自分で選べて楽なので私はこの映画館が好きだ。 ブーという開演の音とアナウンスが響く。 「そういえばさ、犬塚」 「何だよ、」彼はスクリーンから目を離す。 「ありがとう、チケット」 「…?」 「わざわざ買ってくれたんでしょ、私の分」 ギクリという効果音と共に彼の表情は固まる。あれ、言ったらまずかったかな、なんて思っていると、バレてたのかよーなんて残念な溜め息がボソリと聞こえてきた。バレているのに気付いていないというのが私にはにわかに信じることが出来ないが、それにしてもその気使いが嬉しい。 「ホワイトデーだからよ、やっぱの事だし映画だろってことになって」 照れ隠しだろうか、スクリーンの方に視線を戻す彼に視線を向けながら、私は言う。 「そっかー、でも私の好きなものよく覚えてたよね」 「そりゃまあ、自分の好きなやつの好きなもんなんて覚えてるに決まってんだろ!」 「え?」 「え、あ…ほら、親友だしな!」 慌てて言いなおす彼、自惚れなら自惚れでも構わないけれど。 「私も、好きだけど」 え、疑問符という表情になる彼。 私は彼のほうを見ながらにこやかに微笑む。 映画が始まる。タイトルコールと共にヒロインの台詞、そして主人公の叫び。 主人公の決闘シーンから入るところを見ると、これは回想型映画らしい。回想型映画と言うのは、いわゆる造語だ。映画の初めに、最終的な見せ場を持ってきて観客をひきつけ、その部分についての解説に一時間半を費やし、そこからクライマックスへと持ち込むという映画のスタイルのことを私は回想型映画と呼んでいる。 彼に映画の内容が頭に入っているかどうかはわからない。 後で問い詰めるのはタチが悪いかな、とか考えてみたりして。 今はただ、映画の内容を頭に叩き込みながら、彼の状況判断能力を観察することにするなんて少し意地が悪いかなと心の中でやめておいた。 映画はクライマックス。 返事はまだ、ない。 (▲)(20090318) |