(レアチーズケーキの午後 )




 バレンタインも過ぎ去り一か月。そう、ホワイトデーがやってきてしまったのである。
 バレンタインは友チョコをたくさんあげたり貰ったりして、普通の男子よりもチョコレートはたくさんもらったつもりだ。別に自慢ではないけれども、まあ嬉しいことに変わりはなく彼女たちが作ってくれたお菓子を美味しく頂かせてもらったのは確かな事実だった。
 さて、本題であるホワイトデーだが、私はバレンタインに男にチョコレートを渡すなどという女々しいことはしていない。お菓子作りそのものが女々しいと言い張る輩も出てくるかもしれないが、誤解されないようにあえて言うとする。私が友人たちに渡したのは市販の板チョコである。そのうえ、ラッピングもしていないのだから女々しさのかけらもない。


 なのにこの状況は何なのだろうか、目の前には木の葉で美味しいと知られているケーキ屋の人気商品であるレアチーズケーキを持っている少年。それを私に向かって差し出しているのだから、これはプレゼントとして受け取ってもいいだろう。
 さらに、うっすらと頬を染めているとなればその意図する事は明瞭。つまり、先ほど彼も言っていたのだが、それを一緒に食べようということである。しかしなぜ、見知らぬ少年がこちらにチーズケーキを差し入れてくれるのかよく分からない。むむむ、と悩み始めたところで少年は「返事はまだなのか」とこちらをせかすように問いかけてきた。彼は緊張しているらしいが、なぜ緊張しているのかどうかまでは分からない。


 「今君が誰だったか思い出している」と私が正直に話すと、彼は呆れたように溜息をついた。
 「…同級生の名前も知らないのかお前は…」
 「生憎、自分以外の出席簿は眺めない主義なんでね。君に対して悪意はない事を念のため言っておく」
 「…日向ネジだ」
 「むむ…ああ! 思い出した思い出した、悪いね君のような天才を記憶の外に追いやってしまったなんて」
 おお、と手をぽんと叩きながら、まさに頭の上に電球を光らせたようなリアクションをとると、私はようやく何かつっかえるものから解放された気分になった。アカデミーを卒業して早幾年。私は少し飛び級をしてしまったので彼と同じ時期に卒業し、その年に中忍採用試験を受けさせられ、彼が中忍採用試験を受けている間に特別上忍へと昇格してしまったが為に彼や同級生と遊んで過ごした時間はほぼないに等しい。家に帰れば修行修行。朝起きれば修行修行。朝から晩まで修行とお友達な毎日を送っていたために、その年のくの一クラスでもアカデミー内でも少し浮いた存在だったかもしれない。いや、実際に浮いていただろう。周りの目線はいつも好奇の目線か、期待の目線か、妬み恨みの視線のどれかだったのでそうに違いないはずだ。
 そんなクラスで同じように浮いた存在だったのが、彼だった。様な気がする。
 日向家の分家であるにもかかわらず、日向家に伝わる有り余る才能を早い年齢で開花させた天才少年「日向ネジ」。クラスでも成績優秀児として特別視されており、私は両親に彼よりはできるだろう否できなくてはいけないという皮肉げな目で睨まれた記憶しかない。そのせいだろうか、彼を記憶の中で封印していたのは。…まあ今となってはどうでもいいことだろうか。彼は、何度となく目を瞬かせるとやっと思い出したかとでも言うように口を開いた。


 「天才か…が言うと冗談にしか聞こえんがな」
 自嘲するように天才は鼻で笑った。私は「冗談を言っているつもりはない、いたって本気だぞ」と真面目っつらをして言ったが鼻で笑われた。なんということだろうか。しかし、どうやら彼は冗談だと討論をするのをあきらめてくれたらしいのでよしとする。幼稚だが少し勝った気分だ。
 「それにしても君がわざわざ私をお茶に誘うとは珍しいこともあることだ、ネジくん」
 「…どこまでも鈍い奴だ」彼はボソリと呟いて、「気まぐれだ、感謝するんだな」と言って踵を返した。
 その意図するところが、どうやらついて来いという意味らしいので、大人しく付いていくことにする。それは立ち止まっていたら、何ぼさっと突っ立ってるんだと言われたせいもある。…言わないと分からない。一瞬、くれると思っていたチーズケーキがお預けになったかと思ったのでひやひやした。
 ネジくんと私はそのまま木の葉の道を進んでいく。上ったり下りたり平らな道を歩いていると見かける桜の木にある蕾は、もう既に花を咲かせているものもあれば、そうでないものもあり全体から見て五分咲きほどだ。もう少しするときれいに咲くんだろう別に見はしないがなどというひねくれた事を考えていると、目の前が開けた土地に出た。どうやら桜並木を見て歩いているうちに里のはずれのほうまで来ていたらしい。


 「こんな所があったのか」私が感心したように周りを見渡すと、里が一望できる位置にそこは点在していた。つまり結構高いところまで登ってきたということになる。
 「隠れた花見の名所だからな」ネジくんが自慢げそうに答える。
 「私に教えてしまったらもう隠れられないぞ?」
 「まあいいさ」ハハハと適当に私の冗談を笑い飛ばして乾いたような笑い声をあげると、彼は箱を器用に開けてレアチーズケーキを取り出す。どうやら、食べ歩きできるように放送してもらったらしく、レアチーズケーキは可愛らしいレース仕様のお洒落なビニールの包み紙に包まれていた。そのまま手でビニールの部分を持ちながら食べることができるようケーキの三角になっている部分の角度に合わせて三角になるようにおり合わせてある。ちょうどクレープについている三角の紙の部分のような感じである。上のほうは丸くカットされてレース仕様になっており透明のビニールに白インク(だろうか分からないが)でレースが書いてあるつくりだ。こういうのはよく分からないが、女の子が好きそうなデザインであるのに違いないだろう。
 それにしても、最終的に言ってしまえば。


 「可愛いじゃないか」
 彼にこんな繊細な店に入る度胸があったのかというところにも驚きだったし、私に対してこれを買ってきてくれた(のかどうか定かではないが)というのも驚きだった。店員さんはさぞおもしろかったに違いない。しかし、まあ今日はホワイトデーなのでそのような男連中がたくさん来たに違いない。
 こんなことならば、ケーキ屋さんとかお菓子屋さんでバイトでもするべきだったかと少し後悔の念に駆られながらも美味しそうなレアチーズケーキの誘惑に負けてしまいネジくんからそれを受け取る。


 「だろ?」
 と自慢げに笑う彼はいかにも自分が作りましたかとでも言うように自信ありげな表情を浮かべている。
 早く食べろとせかされる前に食べてしまおうと受け取ったレアチーズケーキとネジくんを交互に見る。
 食べてしまうのがもったいないくらいおいしそうなレアチーズケーキ。ほんのり香るシナモンの香りが食欲をそそる。
 「ではいただきます」
 と一言断って、レアチーズケーキを頬張る私。
 口の中にふんわりとした触感の甘くて酸っぱくてなんとも言えないような美味しさのチーズのまろやかな味とシナモンの香りが広がる。チーズケーキの醍醐味ってやっぱりこれだよな、なーんて至福の時を迎えているとやっぱり甘いものと女の子は切っても切れない関係なんだとか自分女の子だなとか思うわけなんだけれども、やっぱり、そんなときだけ都合よく『女の子』云々なんて抜かしている自分が面白くて笑えてくる。


 「うまいか?」自分ももぐもぐとレアチーズケーキを頬張りながら問いかけてくるネジくん。
 「愚問すぎるよ、…おいしい」
 「まあ、オレが認めてるからな」


 「…え?」
 意外である。
 「意外か、オレがレアチーズケーキを食べているのが」
 図星である。むむむ、と考えてレアチーズケーキとネジ君を交互に見比べてレアチーズケーキをまたひと口頬張りながら「意外だ」と言うとやはりかれは心外だとでも言うように笑った。


 「…好きだ」
 「レアチーズケーキを嫌いな人間はレアチーズケーキを買わない」
 まっとうなことを私が言い返すと「天然かお前は」と返答がきた。「いや、天才だ」と答えると彼は笑った。


 「レアチーズケーキじゃなくて、お前が好きだと言ったんだ」
 「そうか、私が好きだと言ったのか」
 うーん、と悩んで考えてみたがいまいちピンとこなかった。しかしよくよく考えてみるとこれは告白以外の何物でもないことに気がつく。
 「そうなのか!?」
 驚いて聞き返すと、ネジくんはまた「天然だな」と言って笑った。こんなに普段無表情でクールキャラを貫き通しているように見える彼を笑わせる才能があるなんて思いもしなかったが、そう考えると少し嬉しいような気がしなくもない。私はまた「天才だ」と返す。返してから私は、おや秀才かもしれないと悩む。まあいいかと諦める。






 「返事を聞かせてもらおう」


 そんな簡単な問いに今すぐに答えられるはずもないほどに、頭の中が真っ白になっていく。
 そんなバカなことがあるわけがない、なんて思ったりしてる自分がいる。
 ケーキ一つで好きになってしまったなんて、なんて単純なんだろう私は。


 「レアチーズケーキを好きなやつに悪い人間はいない」
 すくっと立ち上がって私はネジくんを振り返る。 「愚問だね、私もなんだ」
 少しばかり自分で何を言っているのか分からないような、地に足がつかないような変な浮遊感を味わった後にレアチーズケーキの最後の一口を頬張るとそれは先ほどよりもずっと美味しく感じられた。










()(20090308)