(無実の罪びと)





 S級犯罪者として、一度ならず二度までも罪人として扱われそうになった私ほど無実で潔白な人がいるだろうか。否、一人だけ私は知っている。うちはイタチだ。彼に対する私の印象は悪く言ってしまえばただのブラコン。それをよく言い換えるならば、弟思いの罪深きお兄さんといったところだろうか。どちらにしろ彼の弟に対する感情は異常である。私は兄弟を兄弟と思ったこともないし、別にこれといってかまった覚えすらない。係わり合いといえば毎日の食卓で顔をあわせるか、家の廊下ですれ違うくらいである。話など、生まれてこのかたした覚えがない。ここまでくると異常だと思われるかもしれないが、事実なので仕方がない。それなのにあのうちはの少年ときたら彼の兄の何が気に食わないのだろうか。不思議で仕方ない。


 さて、このホワイトデーに母親が私の名目であげたと思われるチョコレートに対して、その兄から返事が返ってきた。彼が母名義であることを知りながら散歩中の私にわざわざクッキーを渡しに来たところを見ると、誰かの差し金にしか思えないような出来事に思える。何事かと実の兄を睨むと、案の定、彼の後ろから人影がふらりと現れた。どうやら案内に使われただけらしい。よりによってこんな奴を使わなくても、と私はため息をついた。しかし来てしまったものは、どうしようもない。私はその下手に普段着に変装して目元にはゴーグルをつけ、顔下半分を布で覆い隠している忍の首を、じっと見つめる。彼の目は見る勇気などない。私の兄の方はどうやらこの空気に負けて退散したらしい。彼の姿はいつの間にか消えていた。兄ということを認めたことすらないが名前ですら呼びたくないし名前で呼ぶ価値すらないので仕方なく仮称として兄と呼んでいる奴だ。消えて当然だとは思うが姿を見てしまったことから気にくわない。


 私はその忍の首元を見ながら私に何か用なの」と問いかける。
 彼は私に向かって「ホワイトデーだ、受け取れ」と言って何かを投げてきた。
 珍しいこともあるものだと私はその包みを空中で受け取る。まさか落とすなんて真似はできないことは重々承知だ。


 「用はそれだけだ」
 「そっか」
 「じゃあな」
 「じゃあね」


 それだけなのか、と思って彼が花びらのようにひらひらと散りながらあっけなく消えていくのを見守る。
 目を見てすらいないのに幻術にかかっているなんて、暗部も経験していたこともある私がなんてザマだと自分を哂う。彼にもらった包みを開けるとカードと可愛らしいテディベアが入っていた。カードには綺麗な細い字で、『バレンタインありがとう。愛してる』と、短くコメントが書いてある。その下にあろうことか追伸。


 『兄貴を大事にしてやれ』


 説教か。と突っ込みを入れる相手はもういない。しかしながらホワイトデーのお礼にこんな事を書いてくるなんてなんて人なんだろうと苦笑する。あなたは弟を大事にしすぎて私がやきもちを焼くほどです。なんていい返してやりたいが今は既に彼の行方は闇の中。しかも私が毛嫌いしている兄を大事にしてやれなんて何と無茶なことを言ってくるのだろうかこの人は。
 だいたい兄だって、こんな口も利かなくて無愛想な素直じゃない妹なんて誰かに必死に頼まれでもしない限り相手にもしないだろう。いざこざは嫌いな彼のことだ。自然と災いの元である私なんて避けているに決まっている。


 「好きな人でもこれはな…」とりあえず私は貰った物を肩掛け鞄へと突っ込む。
 で、次の瞬間、後ろから突然「終わったのか?」なんて声が聞こえたと思ったら謀ったかのように兄である。さっき睨んでやったダメージはあまりないらしい。たぶん兄は彼の変装に気づいてないうえに彼の正体にも気づいていないはずだ。気づいていたら今頃大事件である。


 「終わったけど何?」


 私は今初めて兄と会話している。背を向けているので表情はわからない。何を話していいのかわからないと言うのが本音だ。大体、兄の行動パターンからして私には理解できない。そして何よりもまず、私に話しかけているなんて、本当に兄は何がしたいのか。今の私には兄は理解できそうにない。


 「さっきの人は?」
 「帰った」
 「そうか。じゃあ、帰りに一楽でも寄っていかないか?」

 まさか兄がこんなに話しかけてくるなんて驚きを通り越して逆に面白い。そして理解できない。しかし誘い方と話し方がうまくなっているのは彼が教員を始めたせいだろうか。生徒からは多大な信頼を得ているようだ、なんて小耳に挟んだような記憶が今ふと蘇ってくる。って何を考えているんだ私は。
 「別にいいけど」
 本当にどちらでもよかったが、妙に『兄貴を大事にしてやれ』の言葉が胸に引っかかっていた。そして気づいたときにはもう遅かった。
 「よし、じゃあ行くぞ」
 兄は笑顔で私の手をつかむと兄常連のラーメン屋まで私を引っ張っていく。なんだかとても新鮮だった。兄から誘われるなんて信じられない。心構えなんてできていないし、兄の手が意外と大きいことに少し胸がどきどきしていた。って何を考えているんだ私は。いまさら兄にときめいているなんて、信じられないが事実だ。だいたい兄も含めた異性に手を握られたことなんて数えるぐらいしかない。それに私は手をつなぐという行為そのものが苦手なのだ。しかもこの年で手を握られるなんて、恥ずかしすぎる。少しは周りの目を気にしてほしい。


 ラーメン屋につくと、二人で暖簾をくぐり隣同士の椅子に座る。
 「おじさん、味噌ラーメン二つ」
 「あいよー。お、イルカ先生今日は彼女さんも一緒かい?」
 なんと言う誤解だろうか。私は笑いをこらえられずにハハハと笑った。
 「妹ですよ」と笑いながら私が答えると、おじさんは「おお、笑うとそっくりだなあ」とお世辞を言う。
 しばらくラーメン屋のおじさんと談笑して時間をすごしていると、ラーメンができたらしく「へい、お待ち」とラーメンが出てきた。おいしそうな味噌の香りとともに、できたてを誇張するかのような湯気が出ている。とてもおいしそうである。一口、スープを口に運べば味噌の味が口の中に広がる。ラーメンのコシも上々だ。


 「美味しい」初めてここにきてラーメンを食べたが、今まで食べたラーメンの中でも群を抜いて美味しい。
 「だろ」
 兄は自慢げに答える。一楽のラーメンは一番ウマいんだよ、と私の頭をくしゃくしゃとなでた。全く人を何だと思っているのか。私はくしゃくしゃになった髪の毛を直さずに兄を見る。でもこのラーメンが美味しいことは認めているので、それは認めるとボソリと呟いた。

 「気に入ったんなら、また連れてきてやるよ」
 私は驚いて兄の顔を見る。ラーメンに釣られるなんて私らしくないが、このラーメンは美味しいことに違いない。


 「…まあ、そう言うならついて行ってあげてもいいけど」
 私はどこのツンデレキャラなのだろう。というかこれでは本当にツンデレではないかと思い始めるその頃には兄がうれしそうな笑顔をこちらに向けていたので私はとても複雑な気分になる。どうやら兄は私がついてくると言うことが嬉しいようだ。どうやらとんだ誤解をしていたらしい。私が思うに、兄は私を敵視していたわけではなく私が兄を敵視して近づけないようにしていただけのようだ。


 「よし、また来ような!」


 そう言って子供のように私を扱うところも、やはり教員生活からきているのだろうか。またくしゃくしゃにされた頭をなおさずにそのままにしておいたら、ちゃんと今度は髪の毛を元に戻しておいてくれた。気を使ってくれたらしい。私がこくりと頷いたのを見ると、兄はまた嬉しそうに笑った。兄はこんな風に笑うのかと兄を観察してみる。別に深い意味はない。確かに無愛想な私よりは子供受けしそうな顔だと地味に思った。


 「あーイルカ先生ってば、何してるんだってばよ!」
 「ナルト!」
 「…」
 教え子だろうか、妙にテンションの高い子である。暖簾をくぐって入ってくる彼は私の隣に座っている。私はこの場に居ていいのだろうかよくわからないが、取りあえず身を隠すタイミングを逃してしまったのでそのまま居ることにする。間に挟まれて何だかどうしたらいいか気まずい。
 「なーなー、この人ってば先生の彼女?」
 先生、こんな綺麗な人と付き合っちゃってーなんて声をかけられて私はどうしたらいいんだろうとか思いながら妹だと名乗り出ようか否か悩んでみる。大体よく知らない子に話しかけるのも何か気が引けるしとか何とか考えていると妹だよ、と兄が助け舟を出してくれてほっと一息。ナルト少年は驚きの声を上げて、こんな美人がイルカ先生の妹なんて信じられねえってばよとかなんとか言っているような気がして苦笑する。






 「ありがとう」と彼に心で呟いたそれは誰にも聞こえることはなく。
 取りあえず、彼に返事を言うならば兄を大事にすることはできそうな気がしますと言ったところだろうかと、また苦笑する。












()(20090312)